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086 懺悔 (死者の魂に対する罪心) |
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自己反省が出来ない人は悪霊悪魔の類いに波長が近いが故に、自己反省が自発的に出来ない(出来ないように仕向けられている)のであります。 ましてや刹那的意識(今だけ良ければ何でもあり)では、自らの道程すら顧みることをしないでありましょう。 魔界の住人は皆が刹那的意識で生きております。 こうした魔界の住人と関わりがあると、やはり今だけ(自分だけ)良ければ何でもあり人間に成りがちである。 態度は傲慢となり投げ槍ともなって自分が楽しくなければ興味も薄れ、物事の判断は常に自己都合優先で取り決め、基本的に他者の話は聞かない人間になっています。 そうした人間は現代の社会(特に都会)には溢れている。 立身出世は自分の為であり、競争意識は自己優位の為である。 そこに相手の気持ちを配慮する心は薄れ、我田引水的性格は社会人としての協調など微塵も無い。 隣に住む住人の名前さえ知らず、家族との縁を度外視して遣りたい放題に生きる若者も多い。 都会は心の害毒に侵されている。 先人たちは日本の国を統一する為に大きな戦いを経験しました。 数え切れない程の人間が志し半ばで命を落としたのです。 日本の未来を憂いながら礎となって命を散らせた先人に対して、現状の国民性は恥以外の何物でもない…。 太平洋戦争でも多くの祖先が国の為に戦って尊い命を落としたのです。 今も南洋に眠る魂は、日本の現代社会を知ったなら絶句するでありましょう。 彼らの御霊は生きたくても生きられなかった無念を何処に向ければ良いのか…。 せめて魂だけでも帰還させたとしても、現状の日本社会を目の当たりにしたなら尚更に浮かばれない気持ちを味わうでありましょう。 生きているだけでも(生かされているだけでも)有り難いことなのです。 自由な生き方を求められる時代に身を置いているだけでも幸せである。 その自由な社会で更に我欲を貪る人間は既に心無い鬼畜と同じであります。 時代背景は違えども国家の為に戦って命を散らした多くの御霊に対して、もうこれ以上の罪心を重ねてはならない。 一億総懺悔は先祖代々の御霊に捧げるべき望郷の念であります。 |