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009 秩序 |
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次に十握剣の九番目の握は秩序になります。 秩序というものは混沌に対する整然であり、衝突ではなく協調(生かし合い)であります。 秩序が現れたなら平和が訪れる。 本来の平和は束の間の静寂ではなく永久無窮なる調和である。 秩序は調和によって形態を現します。 そこには神秘的な調整の原理が働いております。 宇宙の運行が星々の重力磁場の影響を強く受けて大調和しているように、目には見えない神秘的な力が働いているのです。 地球上に於いても全ての物質が重力磁場によって安定に向かっている。 つまり秩序は総ての生命が大神の御心に帰依することで大調和が保たれるのであります。 これを中心帰一の法則と言うのです。 総ての生きとし生けるものには中心がある。 この中心が無くなれば秩序は瞬く間に混沌に戻ります。 しかし中心核は本来は個生命には務まるものではありません。 常に中心に鎮座ましますのは、実相の大神(創造主)のみである。 それなのに中心に立ちたがる迷妄者が後を絶ちません。 主役を熱望することでマクロの絵柄が見え辛くなる…。 鳥瞰図は主観を外した客観視であり、脇役型人生観にこそ純粋な客観把握が育まれるのであります。 こうした話から秩序の理念を見渡してみれば、脇役型人生観こそ本来の使命役割を正しく想起させる生き方であります。 秩序の理念も実相世界から振り降ろされた神剣(光明)である。 その握を手に持ちし者は、実相世界から現象世界にまで貫き通した大神の御心を直接把握して、自らの使命役割を秩序の下に行使するのであります。 究極の秩序は実相世界に存在します。 その流れの末端(地上世界)に於いては、どうしても地上用の秩序が展開しがちであります。 地上用の秩序とは個性化による自由と正義の相剋であります。 我流を強調したり主観に拘り囚われる人は、秩序が何たるかを未だよく分かっていないのです。 高徳者が秩序の理念を体現したなら、組織の中に魂の一体観を盛り込むでありましょう。 そうして中心軸には実相世界の大神を据えて、自らの意志で脇役に徹するのであります。 |