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090 安住 (形態に求めた安息意識) |
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人間は常に安らぎを求める生き物です。 貴方にとって幸せとは何ですか…と様々な人に問えば、人それぞれの解答が出てまいります。 しかし個人的に求める幸せも、何のために…と問い詰めて行くと、行き着く先は魂の安らぎに行き当たります。 何を持って安らぎとするかは個人差が有るように見えても、幸せの追求を何処で止めているかの違いだけかも知れないのです。 儚くも地上人間の幸せ追求は、手で掴めるような、足で踏み締められるような形態(現実的な感覚)で幸せ追求が留まっている。 本来はその形態を得るための更に深い理由が存在するのです。 物欲は形態の奥にある本当の理由が分からなくなった迷妄であります。 尽きない執着追求も、形態(物理的感覚)に安住しようとする不完全な魂の状態に、足らざる何かを感じるから起こるのです。 魂が本当に喜ぶ幸せは神の子の自覚であり、大神(創造主)の慈悲慈愛に立ち返ることが、本来の神の子としての安住の地であるのです。 その自覚の深まりが浅いまま、あれこれと幸せ探しを続けたところで、帰る場所(魂の故郷)を見失った迷い子のような不安焦燥は、物量の多寡では埋め合わせることが出来ないのであります。 魂の安息地は実相世界に存在します。 実相世界こそ総ての生命の原点(魂の故郷)であるのです。 霊性を隠蔽した現代人は暗中模索の迷妄者になりつつある。 もはや霊界を否定する人は少なくなりつつありますが、未だに霊性の扉は固く閉ざされたままであります。 心の世界は本来万民平等の世界であり、深い潜在意識下では総ての生命が一つに融け合っているのです。 人類が魂のルーツを見失って幾久しいけれども、新創世記が語られる21世紀に地球は至高の黄金期を迎えるのです。 いよいよ地球も本格的な宇宙時代の幕開けである。 このアシストは宇宙人によって導かれることになりますが、驚愕の事実を地球人類は素直に受け止められるでありましょうか…。 少なくとも霊性を正しく開いて事前に心の準備をしておく必要はあるでしょう。 何時迄も狭い地球磁場内で争い合っている場合ではないのであります。 |