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093 学人の道 (果てのない認識力) |
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転生輪廻の意図をカルマの刈り取りの為の機会として捉えるのは仕方がないとしても、進んで魂の浄化を果たしたなら何時かはプラスマイナスのゼロポイントに立ち帰ります。 しかし本当の生命道の始まりはプラスマイナス・ゼロポイントこそが、真なるスタートラインになるのであります。 人間の魂は永遠に生き通しの生命である…。 神の子の自覚を取り戻したなら、その神の子の自覚に基づいた真なる目的があるはずなのです。 自分の純粋な個性にしか出来ないような使命役割が必ずあります。 その使命役割を遂行する過程であればこその諸々の課題が登場したのである。 友情を深める為には相手が居て、相互の認識の違いに於ける諸問題が現れてくるのです。 平和を守る為には秩序と調和が必要であり、様々な個性を調整する仕組みを構築する際に、考え方の違いによる人的摩擦も現れてくるのです。 総ては何かの目的目標に立ち向かうからこそ現れてくる問題であって、何も為さざる怠け者には縁遠い課題でもあるのです。 大きな苦境に悩まされている人間は、それだけ大きな魂の理想が内在していると言うことである。 神は人間に乗り越えられないような課題は与えたまわないと言われているはずです。 人生の課題(難問)は内在の神が用意した目的達成の為の道標であります。 つまり目前に課題が現れてくること自体が、その先に真なる解答が待っていることの印でもある。 そのため逃避の人生では目的達成からすれば魂の逆行現象になってしまうのであります。 こうした意味合いから考えれば目先の難問の真なる意味を学ぶ気持ちは大切であります。 何故この時期に、この問題が現れたのか…。 何故に難問が立ち塞がるのか…。 総ての解答は本来は自分の心の中に眠っているのである。 その解答を掘り下げれば良いのです。 真実を探らんと前向きに努力を始めてみれば案外浅いところに根源が見つかるかも知れません。 また本当の解答が深い所に埋もれているのなら、その問題の根源には人類救済の大使命を予感させます。 何れにしても学ぶという姿勢は人間存在を現状に埋もれさせず、魂の生長が永遠に続くことを教えてくれるでしょう。 |