095  原点回帰

(神の子の自覚を…)

 

ここまで転生輪廻に対して様々な見解を語ってまいりましたが、何度も語られた神の子の自覚とは如何なる自覚であるか…。

これを知らずして転生輪廻の超越は有り得ないでありましょう。

神の子の自覚が深まると自我が限りなく薄まると言うことでした。

つまり逆の意味合いで神の子の自覚を浅くしてしまうものが自我でもあると言うことです。

人間にとっての自我は個性化でもあるが、自己存在にのみ拘れば単なる我儘にもなるのです。

自分の内部意識(心で認められる範囲内)のみを深めても、他者の心を顧みなければ独善となり執愛となる。

自己内部意識しか認められないと自分の死は世界の終わりのように感じられるでありましょう。

決して世界は終わりではないのです。

ましてや人間の魂は永遠に生き通しの生命である、

人間は一人では生まれ出ることが出来ないし、たった一人では社会人としても成長しないのです。

公人としての人間関係を無視してしまっては神の子の自覚は深まらない。

大神(創造主)は前意識であり絶対者意識(総合責任者)であります。

自分の中にも相手の中にも生命を生かし育む愛念(慈悲慈愛)として尽きることなく流れている。

他者への愛(配慮)が無ければ人間は孤独の淵に自ら落ちて行くのみである。

総ての人間に永遠の命があり、大神と同じ創造の自由が与えられているのです。

たった一つの小さな命でさえ、無限永遠に生長する夢(可能性)が与えられているのです。

総ての生命たちの向かうべき究極の行き先は只一つ…。

それは大神(創造主)の御神体でもある光明そのものです。

光明の中には総てが凝縮されています。

また光明には無数の可能性があるのです。

三次元(物理的)世界を運営するエネルギーでもある光の本体は、霊的世界の総てを輝かせながら数多の生命を生かし育む霊光の光源でもある、実相世界の光明(霊太陽)そのものであります。

総ての生命が魂の憧れとする光明(霊太陽)に意識を自発的に融け合わせてゆくことで、神の子の自覚を取り戻して何処までも深めてゆくことになるのであります。

その為には神の子としての霊性を正しく開く必要がある。

心を閉ざした封印を取り去り、魂の呪縛を解き放って、開かれた霊的世界の全容を素直に受け入れることが正しい原点回帰に繋がるのであります。

 

 

 

34 霊性開示 【封印打開編】