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097 永遠生命 (終わりなき一人旅) |
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近年の時代背景には人間の心を支える宗教が乱立してまいりました。 何十年かの人生途上は長いようで短く、諸生活に襲い掛かる数々の問題と対面しながら、何時かは訪れるであろう死期に不安が募る日もあるかも知れません。 人間にとって生死に関わる死生観は重要な意味合いを帯びております。 死後の世界が見えないからこそ不安や恐怖に襲われるのである。 この死生観の恐怖を和らげる為にも各宗教の存在意義はあるはずです。 死後の世界を曖昧なまま説いてきた大方の宗教は、新創世記を境にして軌道修正を余儀なくされるでしょう。 既に一部の宗教が霊界の様相を詳しく説明しておりますが、同じ神仏の教えを説く教派が圧力を掛けて排斥せんとする動きも出ています。 人間の苦楽を超越して生命の本質に魂を里帰りさせるのが宗教の使命である。 更に神の子の自覚を深めて自発的に人類の心の救済へと向かわせるのが宗教の役割である。 それなのに自教の都合の良し悪しで真理を捻じ曲げ、何時の間にか教団組織の運営が主軸となって、大切な真理が失われるのは誠に残念でなりません。 信仰の選択は自由であります。 しかしこの場合の自由にも自己責任が伴うはずです。 間違った真理を真実と思い込ませて信心させ、躓いたなら本人の信心不足に責任転嫁する宗教は、やはり何かが足りないのではないでしょうか…。 その足りないものは恐らく結びの心であり魂の絆であります。 この結びの心は物質世界の積算ではなく心に於ける魂の和解です。 ここに正しい死生観が無ければ刹那的な宗教信心になってしまいます。 本来は光明世界が果てしなく広がっている霊的世界を、真理として正しく説かない宗教は道を誤っています。 永遠に生き通しの生命であるとの立脚点を外してしまっては真理が真理として通用しないはずであります。 個性は魂の傾向性として来世に繋がるものである。 人間の生命は個性を開花させる為に永遠なる一人旅を続けているのです。 時折り魂の原点を忘れない為に生命道を振り返り、更に神の子の自覚を深めながら、また一歩づつ歩き始めるのであります。 |