003  不足の倫理と充足の心理

 

人間にとって執着を創り出しているものは何であるか…。

これをまず知らなければならないでしょう。

その大きな要因は不足感に帰結します。

心の中に空いた穴を埋め合わせることで、人は苦しみ悲しみに直面しながらも安定を臨むのである。

しかし埋め合わせたはずの心の穴はブラックホールのように直ぐさま新たな穴が開いてくる。

執着というものは喉の渇きを塩水で癒すようなもので、塩水は飲めば飲むほど更に喉の渇きが増すのであります。

こうした終わりの見えない執着の行き先は何処でしょうか…。

人間には慣れ親しみという機能が具わっているため、執着に刺激を求めたならエスカレートの行き着く先は妖獣の類いであります。

東北地方に残された伝説には次のような物語が語られています。

昔々…太郎という純朴な青年がいたそうです。

太郎は二人の仲間と共に山狩りに出掛けました。

その日の昼飯当番は太郎であったため、太郎は沢を下り川辺で三匹の魚を捕まえて来て、魚を焼きながら仲間の帰りを待っておりました。

いくら待っても仲間は帰らず美味しそうな焼魚を目の前にして、ついに太郎は我慢が出来ず三匹の焼魚を全て平らげてしまいました。

すると俄かに喉の渇きを覚え、急いで沢を下り川辺の水を飲んでみましたが喉の渇きは益々強くなるばかり…。

太郎は腹這いになって川の水をゴクゴクと呑み続けているうちに、ついに太郎は竜蛇の姿に変わってしまいました。

その姿を恥じて太郎は沢の水を堰き止めて大きな湖を作り、その湖の主となって棲むことになりました。

その湖の名は現在の十和田湖であるそうです。

同様の話としては田沢湖の竜女伝説がありますが、これらの物語には執着の行く末を想わせるような真理が隠されています。

不足感の社会倫理が蔓延すれば、経済は活性化しているように見えますが、執着欲望の経済倫理は偽りの繁栄であるが故に、やがては醜いバブル崩壊を迎えることになるのです。

この負のスパイラルに歯止めを掛けるためには、心の中から不足感を放逐しなければならない。

そのためには充足感を心の中に抱く必要があります。

満ち足りた心を抱く為には、感謝の念を心に満たす必要がある。

また充足感を維持継続させる為には徳性を高めれば良いのであります。

 

 

 

35 霊性開示 【受難克服編】