006  悪しき習慣が執着の産親

 

日々の努力精進が執着を振り払う為の正しき方法であります。

確かに個々の執着には悪霊の憑依も関わってはいますが、この場合の悪霊憑依は臭い物に集る蝿(害虫)のような存在である。

払っても払っても集る蝿を鬱陶しく思うよりも、蝿が集る主原因の方に対策を入れなければ鬱陶しさは解決しないのである。

心の中にブラ下げている的(悪霊が集る執着の主原因)にこそ対策を入れなければならない。

執着(拘り囚われ)になるまで小さな習慣を積み重ねた結果、心の中に悪霊が集るような的(悪しき霊の傾向性)が出来上がったのです。

その的が出来上がるまでに要した期間と同じ期間を、他の善なる習慣を積み重ねて的の種類を変換すれば良い。

2倍3倍の努力を重ねれば2倍3倍の成果も得られるが、焦らず慌てず生涯を掛けて善なる習慣を地道に重ねる姿勢を貫くことです。

悪霊が嫌がる行為は善なる習慣を行なうこと以上に、その善なる習慣を持続されることを嫌うのであります。

生涯に渡り(または永遠に)善なる習慣を重ねる決意をして日々の生活精進を怠らなければ、光明の進軍は何物にも止めることは出来ないのであります。

光(正しい習慣)の前に暗闇は消えゆく運命にあります。

コツコツと地道に良き習慣を積み重ねるのみなのです。

自分自身の甘えや我儘で積み重ねてきた悪しき慣習が執着を産み出し、深刻な問題にまで育ててしまったのである。

その執着を煽る原因の一つとして悪霊憑依も存在するが、執着の的をブラ下げて歩いている自分自身の方にこそ、心の中に主原因があることを知らなければならない。

それを認めるからこそ本当の心の浄化(反省回顧)が始まるのであります。

人間が受ける苦難困難の殆どに自業自得の主原因が存在します。

改めるべき最初の鉾先は自分の方であり、相手に改心を迫るのは自己反省の後になります。

それが主体性を許された個別人間の最低限の努めであり、基礎的な努力精進であります。

自分の深刻な執着を他の何かに責任転嫁している間は解決の糸口さえ見つからないでありましょう。

惨めな言い訳を繰り返すよりも、良き心の習慣を黙々と繰り返し重ねる貴方であれ…。

自力で問題を乗り越えた実績は、貴方の問題解決能力(リカバリー精神)を着実に高めるのであります。

 

 

 

35 霊性開示 【受難克服編】