|
欲求について最後に語らなければならないものは独占欲である。 独占欲の別名は羨望欲でありまして、欲得願望の極致であります。 他者から羨望を得たい思いが募ると、どうしても言動が大きくなります。 周囲への配慮がなければ性格は横暴になります。 一度横柄な態度が芽生えてしまうと雑草が繁茂するが如く粗野な振る舞いが増えてくる。 こうして独占欲にはストップが掛からない暴走を繰り返すのであります。 欲求(独占羨望)が得られない場合は癇癪(怒り)に変わります。 我儘の権化となって怒り心頭する場面が増えると人生の行く末は八岐大蛇(暗黒思想)の手先となるのです。 これは本人の我儘を通すために大きな悪に縋ることで威信を得んとする惨めな末路であります。 独占欲者が欲しがる羨望は単なる人気でもある。 人目を引くためには身近な友人でさえ簡単に裏切ります。 自分の立場を守るためなら身近な友人への責任転嫁も平気で行なうのである。 こうした意味合いから見ても独占欲に嵌まり込む人間は最も厄介な人種になるのです。 彼らに足りないのは忍耐であります。 我儘人間は我慢が出来ない性格を単に暴露しているのであります。 また魂の本質を忘れて現実のみに生きるのも独占欲者の傾向です。 欲得願望の罠から最も抜け辛いのが独占欲(羨望欲)である。 我儘の権化である独占欲者たちが魂の帰還を果たすためには精神のリハビリが必要なのです。 長年に渡って植え付けてきた独占欲の雑草を刈り取る為には、本来は同等の期間(長年)が必要になります。 この期間を縮める為には、本人にとって大きな事件や事故または大病などに掛からない限り、悪意悪念への傾倒から踵を返すことなど有り得ません。 しかし一筋の光を見い出すことが出来れば奇跡は起こります。 それは他者に対する優しさであります。 少しずつでも他者への配慮を心掛けて、その為に必要な小さな耐え忍びを重ねるならば、徐々にではありますが独占欲が崩れる可能性があります。 そうして真理を学び精神を深めれば神の子の自覚を取り戻す可能性も残されています。 |