017  自業自得の悪癖

 

性癖に溺れる人間は魂の廃人(脱け殻)となって成長が止まってしまいます。

人間の生命の実相に於いては本来生長が止まることはありません。

そのため肉体生命の成長が止まると魂は苦しむのであります。

性癖によって生命の吹き出し口に蓋をすることになり、その蓋の奥底から外部に飛び出したがる生命の泉は、内的葛藤の如くに自責の念を呼び覚まします。

しかし性癖に溺れる自己陶酔者は自責の念を振り払うために、ますます逃げ場を求めて待避所(性癖)に逃げ込むのである。

こうして永らく浮かび上がれない年月を重ねるのであります。

こうした悪癖の状況を大神(創造主)は放任しているかに見えますが、これは一つの経験値として自業自得の心理を学ばせる為に時期を待っておられるだけである。

外部からの圧力で改められる性癖は単なる強制送還であり、本人の努力精進は軟弱になるのです。

多少時間が掛かったとしても自らの意志で悪癖を断ち、真正面から性癖根絶に立ち向かう潔さを、只ひたすら御祖神(創造主)は待って居られるのであります。

自身の悪癖が誰にも指摘されないのであれば尚更のこと、自分自身の甘えを振り払って自主的に性癖を乗り越えて致だきたい。

その時に行われる些細な対策が結果を生み出せば、その方法論は他者の悩み苦しみを救う命綱となるでありましょう。

貴方の後ろ姿(生き様)が後世の人々の希望の灯台となる。

こうした小さな希望の道標を一つでも多く未来に残す貴方であれ。

悪癖に溺れる間は自業自得の悪運が付き纏うであろうけれども、たとえそれを持ち込むものが悪人であれ悪霊であっても、その悪意悪念を呼び込む的(主原因)を心にブラ下げて歩いているのは他ならぬ自分自身である。

悪人や悪霊を裁く前に、先ずは反省回顧して自業自得を齎している主原因(悪癖)をこそ、根刮ぎ刈り取らなければならないのであります。

ここの部分で他の何物かに悪運を責任転嫁するようでは、まだまだ個性ある人間としても公の社会人としても魂は未熟なままの幼な児である。

悪癖を根絶する為には心の法則を学ばなければならない…。

現実問題として目に見える悪癖は心象世界の全領域からすれば氷山の一角であります。

 

 

 

35 霊性開示 【受難克服編】