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朝目覚めれば歯を磨き顔を洗い、朝御飯を食べて仕事へと出掛ける日々…。 1日の仕事が終われば早々に帰宅して晩御飯を食べ、入浴して就寝する日々…。 1日の流れは人それぞれではありますが、当たり前のことを日々当たり前に過ごす事で、社会人としての人格の基礎が育てられるのであります。 人間を善人に育てるものは良き習慣である。 良い習慣を繰り返し重ねる事で、何時しか自他共に認める良識人となる。 小さな努力(善意)を繰り返すだけで、習慣付けられた性格は、生活を光明化するのに十分であります。 日々の積み重ねは王道である。 些細な努力でも継続されることで足場は強固となり、やがて少々の波風ではビクともしない安定感を示すでありましょう。 悪人は此れの逆をするのです。 悪しき行為を繰り返して習慣化して、魂の傾向性にまで固めてしまうのである。 最初は皆同じスタートを切ったのです。 如何に生きるか、生き繋げるか。 何を良しとして習慣化するか…。 ここが人生の別れ道であります。 繰り返された習慣が魂を穢すものであるのなら、その性癖は勇気を持って軌道修正して行かなければならない。 習慣は自動制御されたセットプレーのようなものなのです。 一連の流れを経過することは思考回路も楽なのである。 あれこれと思いを凝らさなくとも自然の流れ(習慣化されたルーチン作業)で一通りの完結を迎えるのです。 これが快楽を伴なう自動制御(習慣化)であるなら人は更に刺激を求め、悪しき習慣を深めて行くでしょう。 自動制御(セットプレー)は扱う本人の徳性が足りないと、魂まで奈落の底に持って行かれてしまいます。 自動制御を徳性で心的制御しなければならない。 そうでなければ何れ全てを骨抜きにされてしまいます。 習慣は普段の地道な努力の結晶である。 この習慣は善にも悪にも扱われてしまうのであります。 悪しき習慣を全て改めたいのであれば、良き習慣を地道に積み重ねれば良いのです。 その時に邪魔立てしてくるものは、悪しき習慣に縁を持った悪意悪念悪霊悪魔であり、悪習慣を止めさせないような手立てを講じて来るのであります。 |