027  覚醒は愛と勇気

 

夢や希望を心に抱いているだけでは絵に描いた牡丹餅と同じであります。

憧れのみで終わることが無いように、理想実現に向かって歩み出す気力を出して行かなければならない。

夢が夢のままで終わってしまう人は、抽象的な理想として夢を抱いているのです。

掴み所のない抽象的理想は、やがて快楽の猛威に攻められて夢を失ってしまいます。

夢の実現には具体的な想い描きが必要で、この建設的な想い描きこそ希望という名の道標になるのであります。

自己陶酔に嵌まり込んだ者が快楽の深みから脱出するためには、緻密な計画を打ち出す必要がある。

無理の無い段階的な脱出経路を組み立て、所々に息継ぎ場所も用意しながら着々と歩みを進める貴方であれ。

大きな進展ばかりを求めず、小さな成果を地道に重ねる慎重さも大切である。

快楽の助長に助太刀する悪波動は力を増強して迫ってくるが、その悪意悪念に染まらぬように周到な配慮が望まれるのであります。

それでも意識錯乱を企てる悪霊の猛追を振り払う気力を出さねばならない。

古事記の神話に書き残された伊邪那岐命の黄泉国からの帰還物語のように、黄泉霊の猛追は執拗に迫ってくるが、伊邪那岐命は十握剣を後手に振りながら逃げて行かれたのであります。

決して諦めないと気力を振り絞って黄泉比良坂(善悪の境目)まで逃げてきた処に桃の木が生えていたのです。

伊邪那岐命は桃の木から桃の実を3個取って投げ掛けたなら、黄泉霊たちは悉く逃げ去ったということです。

この黄泉比良坂に生えていた桃の木こそ、快楽の猛追を退けるための霊性の樹木(無限生長)であります。

3個の桃の実は夢と愛と勇気であり、この三っつの桃(夢・愛・勇気)は無限生長へと導く真理の種であるのです。

伊邪那岐命は黄泉比良坂の出入口に千曳岩(ボーダーライン)を敷いたのです。

すると後から追い付いてきた黄泉霊の総大将格が最後の威嚇や脅迫を投げ掛けてきたのですが、伊邪那岐命は強き自覚と決意で悪念を跳ね返したのであります。

肉体人間の覚醒には少なくとも愛と勇気が必要不可欠である。

自分の事ばかり考えていては快楽の威嚇や脅迫に打ち勝てないのです。

人のため(誰かの幸せのため)に心を開放して社会に貢献する意志が固まれば、愛心と勇気は快楽(自己陶酔)の威嚇や脅迫に対して決して負けないのであります。

 

 

 

35 霊性開示 【受難克服編】