032  正体を晦ます無意識の衝動

 

客観的な反省回顧は悪習慣の主原因を見い出し心を改めて行くのであります。

この反省回顧で悪習慣の主原因が見い出せないならば、視点は未だ主観(自己都合)になっていると言うことです。

確かに自己反省は主観(自己責任)で行なうものですが、主原因を見い出す段階では客観的な視野を用いなければ、己心の魔は永遠に見い出せないのです。

先ずは第三者的視野で全体像を見渡してみる…。

池(境遇)の中から飛び出して人間関係を鳥瞰してみる…。

そこには主観(自己都合)も駆引(損得勘定)も必要がない…。

そうしたクリアーな心の瞳で鳥瞰すれば正確な全体像を把握して、その中の主原因(己心の魔)を見つけ出せるのであります。

そのような見方や観じ方をさせないように邪魔立てしてくるものが悪霊悪魔の類いなのです。

彼らは凡ゆる衝動を突き付けて本人の感情を乱してくるのです。

その方法は彼ら(悪霊悪魔)にとっては簡単で、感情を乱すためには感覚(欲求)を増幅させるだけなのです。

感情が乱されたままでは客観視は無縁となってしまいます。

なぜなら感覚感情は主観の中で機能する部分であるからです。

こうした正体(己心の魔)を晦ます無意識の衝動を巧みな智恵で交わして行くしかないのです。

その為にも真理を学び霊性を開く必要があるのです。

霊性は客観を育てる心の機能であり、理性や悟性に繋がる真理の法灯でもあります。

この霊性が閉ざされたまま偽りの繁栄を辿ると、刹那主義や現実逃避、唯物論や性悪説が世に流行るようになるのです。

全ては個人優先主義(利得願望優先)に依存した物質文明の迷走である。

霊的な瞳で鳥瞰しなければ無意識の衝動の正体すら判らないままである。

己心の魔は人間の心の中を住処として内部から悪意悪念を誘発させて、外部の悪霊悪魔を磁石のように呼び寄せる主原因の真なる正体であります。

この主原因を清掃浄化しなければ悪習慣は治らないのです。

新創世記が開示された21世紀は心の大浄化を果たす新時代の到来である。

払戸神十三柱は既に神職を果たし続けております。

天変地異は物質世界にだけ起きているのではなく、一人々々の精神世界に於いても日々巻き起こっているのであります。

 

 

 

35 霊性開示 【受難克服編】