054  被害妄想が創り出す恐怖

 

心の問題を有耶無耶にするが故の恐怖は可なり多いのであります。

事物を主観でしか見えない(見ようとしない)者は、どうしても被害妄想が増えるのです。

主観は自分の尺度を中心に物事を捉えるしかなく、基準が自分である以上は自己自身に対する甘えや我儘が出ると、自らには優しく他人には厳しい性格が形成されるのです。

すると当然の話で自己反省の機会は減り、他者への責任転嫁が増えるのであります。

つまり被害妄想も増えると言うことである。

被害妄想は自己自身に悪しき境遇が襲い掛かるという思念を繰り返し重ねることになり、その思念の累積は念の力を増幅して益々悪しき境遇を引き寄せるのである。

被害妄想に嵌る人に幸福な人間は一人も居ないのです。

ましてや同時に行われる他者への責任転嫁の思念も言葉の力で悪しき境遇を引き寄せるのである。

本来は善人である相手も、責任転嫁の悪視の前には善事も悪事に摩り替えられてしまうのです。

相手の幸せの為に手向けられた善事は、被害妄想者には自分を陥れる罠(悪事)として捉えられてしまうのです。

被害妄想の恐怖は計り知れませんが、まるで魑魅魍魎の霊世界に一人で取り残されたような恐怖心を道ずれにしている状態である。

日々繰り返し重ねられる被害妄想は、負のスパイラルに嵌り込んで抜け出せなくなる程の強大な念の力になっているのです。

こうした被害妄想者に足りない者は感謝の心である。

感謝とは和解の心であり、同悲同喜(自他一体)の心であります。

本来の感謝は主観を超越した客観であり、相手の気持ちを想い遣る心の配慮が大切なのです。

邪まな主観は身を落とす道具に成りがちである。

この主観を本来の神器として扱うためには神の子の自覚を深めるしか方法はありません。

被害妄想者が振り回す主観は言葉の力で更なる迷妄(悪意悪念)を誘発して、その迷妄を餌とする悪霊悪魔をも引き寄せることになるのです。

また被害妄想者は正しい自己反省が出来ない状態である為、自己自身の奇怪な動向に気付けないのであります。

他者への配慮が足りない者は、未だ感謝の心も足りないのであります。

 

 

 

35 霊性開示 【受難克服編】