060  自殺と他殺は異種同根源

 

自殺は創造主から御預かりしている大切な肉体生命を絶つ殺人行為である。

自殺も他殺も霊的な罪の重さは同じであります。

人間の身体には不思議な機能が備わっています。

心臓の循環機能も肺臓の呼吸機能も胃腸などの消化機能も、総て創造主からの預かりものなのです。

これらの機能が個人的な所有権利物であるのなら、自分の意思で心臓を止めることも再び動かすことも出来るはずでありますが、自らの意思に関わりなく心臓は働き続けています。

つまり心臓は創造主の総てを生かす意識(慈悲慈愛)によって運営されている。

肺臓の呼吸機能も創造主からの預かりものであり、この呼吸機能も個人的な所有権利物であるのなら、自分の意思で呼吸を止めることも再び動かすことも出来るはずでありますが、自らの意思に関わりなく肺臓も働き続けています。

つまり肺臓も創造主の総てを生かす意識(慈悲慈愛)によって運営されている。

胃腸などの消化機能も創造主からの預かりものであり、この消化機能も個人的な所有権利物であるのなら、自分の意思で胃腸の消化機能を止めることも再び動かすことも自由自在であるはずですが、これも自らの意思に関わりなく胃腸も天職(消化機能)を果たし続けています。

人間の身体は大自然の大調和大循環の管轄であり、その管理責任者こそ創造主そのものであります。

創造主からの大切な預かりものである肉体生命に貴方の魂が宿り、地上社会に帰属することで魂修行を行っているのです。

貴方の環境や境遇は人格形成の為の人生生活学校であり、あらゆる人間関係を通して様々な心の本質を学び、神の子としての自覚を深める目的があるのです。

そうした尊い預かりものである人間の肉体生命を自ら絶つ行為は殺人と同じ重き罪である。

死に直面しざる負えない事情は人それぞれではありますが、四面楚歌の果てに全てを諦める前に、人間の本質が霊性であり、命は創造主に繋がっていることを想い出して致だきたい。

その想いが深まるならば自然に手を合わせ祈りたくなるはずです。

信仰心は誰かに強要されるものではなく、人間本来の純粋な心を取り戻す想いの現れであり、神の子としての自覚を深めるための最も自然な行為であります。

こうした素直な信仰への原点回帰が日々の生活に根付いたなら、恐らくは四面楚歌の状態に追い遣られる前に、守護霊たちの霊的指導が降り注ぐでありましょう。

貴方は決して一人きりではなく、少なく見積もっても貴方の守護霊と供に二人である。

何処で何に囲まれ圧迫されようとも御祖である創造主を含めて常に三人である。

命綱である信仰心を決して捨ててはならないのであります。

 

 

 

35 霊性開示 【受難克服編】