069  感性は霊性を開いてこその光明

 

感情が感性へと正しく昇華する為には霊性を開かなければならないのです。

目に見えるものだけを追い掛けているだけでは霊性の扉は永遠に開かれないのです。

形に現れた物質は結果にすぎません。

結果のみに拘るなら固定観念が強くなるだけであります。

結果として固まったものを真実と思うのなら、人生は此の世限りの儚い命に思えるでしょう。

しかし人間の命は永遠に生き通しの生命である。

心の世界は縦横無尽なる経過の世界であり、融通無碍(自由自在)なる心の世界を経過してくるからこそ、導き出せる結果も無数の可能性を秘めているのです。

感情の赴くままに結果を待つ気持ちは潔いかも知れませんが、魂の傾向性が暗黒に向かいがちであるのなら、その潔さは真っしぐらに破滅へと向かいます。

それでも霊性を開いて経過となる心の世界を知覚していれば、形(結果)として現象世界に現れてくる途中経過で軌道修正をすることも可能になるのです。

ただし軌道修正(反省回顧)の段階では精神的にも肉体的にも摩擦が起こると覚悟しなければなりません。

この摩擦は自戒作用(ケミカライゼーション)で、間違って構築された危険な建物を正しく建て替える為には、一旦は間違った建物を取り壊さなければならない。

その取り壊し作業では精神的苦痛を感じざる負えないのである。

この心の痛みを嫌って反省回顧を避けて通ろうとする人が多いけれども、目先の苦痛を避けたように見えても結局は苦痛を先送りしただけのことであります。

先延ばしされた苦痛は、大抵は放置された分だけ痛みが増えています。

なぜならそこには恐怖の感情意識が付加されるからであります。

感情は敵にも味方にもなる…。

人生に逃避癖があると感情は敵になり、強い責任感があると感情は味方になります。

逃避癖は暗闇を呼び、責任感は光明を呼び込むのです。

ここで誤解をしてはいけないものが、責任は重い罪を背負うことではなく、自発的に反省回顧して肩の重荷を早期に降ろすことであります。

逆に逃避癖は現実(結果)のみを捨てる行為であるが故に、残された経過(魂の傾向性)は逃避癖に相応しい因果律を繰り返し量産するようになるのです。

霊性を開いて光明を引き寄せたなら、数々の問題は瞬く間に解決の糸口を提示してくるようになるのであります。

 

 

 

35 霊性開示 【受難克服編】