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人間存在の真実は、人は一人では生きられないと言うことである。 良きにつれ悪しきにつれ、そこにはお互いの思いが交錯して様々な問題が表面化するのであります。 また人間には基本的に五体の魂の兄弟が居て、自分を合わせて六体一組の同位体として順番に地上世界へ転生してくるのである。 また魂の兄弟の一体が守護霊役を引き受けて、貴方の人生を影に日向に導いているのです。 貴方と守護霊との違いは、肉体を持っているか否かの違いであり、肉体生命が生存維持のために自然要求してくる肉体意識と、我儘による欲望願望などに翻弄される欲求意識を其のまま取り去ったのが守護霊の個性役割である。 貴方と守護霊は霊性で繋がっている。 魂の傾向性は同じものを共有している。 そこに違いがあるとすれば、貴方が舞い降りた地上世界の環境や境遇から受ける新たな影響があり、その影響下にて独自に芽生える自我の存在であります。 自我は生まれ持った魂の傾向性が潜在意識下から無言の霊的影響を与えてくるものがあり、それと共に地上で生まれ合わせた環境や境遇の現実影響を受けながら、顕在意識内に芽生える新たな自我もあるのです。 これらの潜在意識下の自我と顕在意識内の自我には因果律による共通項があるため、人間は直面する顕在意識内の新たな自我を逆算して、潜在意識下の隠れた自我(魂の傾向性)を見い出すことも可能であります。 新たな自我の芽生えには共存する人間関係が大いに関わっている。 しかしそれは受動的(受身)ではなく能動的な自分の問題として取り扱うべきなのです。 環境の中で自己自身の境遇を創り出している張本人は自分である。 その根源には自我がある…。 自分なりの人間関係を構築して、その人間関係の不具合に悩み苦しみ、それでも目先の人間関係を改善し克服することで人は社会人として成長し、霊的人間としても生長を果たすのです。 何れにしても人間関係の基準点となる自我の正体を知ることは重要であり、この自我を見失ったまま野に放たれた人間は、まさに野生の猛獣と化すのであります。 世の人格者たちは自我が何であるかを熟知している。 その本質を把握しているからこそ自我を主体的に善用するのです。 時には自己卑下したり自己吹聴しながら笑いを取るのも、人間関係に於ける自我の善用(相手への配慮)であります。 |