078  無駄な遠回り価値ある近道

 

人生の至る所に障害があり、それと同じ数だけの真理があります。

障害と真理は表裏一体。

奥底に隠された心の財宝を掘り当てることで、人間の徳性(霊性)も深まってゆくのです。

そうした観点から人生を観れば、苦難困難は全て真理(財宝)を見い出す為の道標である。

得体の知れない屈強な怪物が道を塞いでいるのなら、その怪物は余ほど貴重な真理(財宝)を護っているのでありましょう。

道(人生)は急がば回れと言うけれども、回り道をするのも良し、近道を抜けるのも良し…。

大切なことは立ち塞がる障害の向こう側に人生の教訓が隠されていることを忘れないことです。

その人生の教訓を正確に得る為には、無駄な遠回りを避けて価値ある近道を行くのも、徳性求道者の採るべき最良の道であります。

もちろん現在只今の力量では未だ太刀打ち出来ない大きな障害であるなら、無謀な闘いを避けて大きく迂回するのも一つの良策ではある。

しかし大きな障害に幾度も弾き返されても同時に力量を内に蓄えながら、苦難困難を乗り越える為の智恵の欠片を拾い集めて、それらの欠片を上手に組み合わせれば、前人未踏の教訓を見い出すことも出来るはずです。

大抵の場合、自分が苦手意識を感ずるものほど本人にとっては深い真理が隠れているのです。

それを苦手に思うこと自体が、魂を自縄自縛させている一つの原因になっている…。

つまり苦手意識を克服することで人間は自己限定の殻を自力で打ち破るべきであります。

そうして尚一層の精神の高みを目指すべきであります。

人間の命は永遠に生き通しの生命である。

そうであるのなら魂の生長にも打ち止めは無く、限りも果ても極みもありません。

そこには何のための精神向上であるのかという目的意識が必要で、この目的意識の内容にこそ徳性段階の差異が現れるのであります。

自分の為だけの受難克服なのか。

誰かの為の苦難困難克服なのか。

この違いは裏と表ほどの成果を招き、自分の為だけの人生を生きた者は裏側の霊界に魂が帰り、人の為の人生を生きた者は表側の霊界に魂が帰るのです。

何方も天国(光明世界)であることに変わりはなく、何れも高次元世界に繋がってはおりますが、何方かと言えば裏側の世界は自己意識が強い分だけ光が霞んだ霊世界になっております。

 

 

 

35 霊性開示 【受難克服編】