087  嫌悪を固める思い込み信仰

 

心の中に嫌悪の情感が幅を効かせると、その嫌悪意識が常態化して固定観念になるのです。

固定観念とは意識の固形化(物質化)に他なりません。

本来は自由自在であるはずの思念想念が物質世界の鈍重な波動に紛れることで、岩石のような堅い石(意思)に固まるのである。

固まった意思には柔軟性が無くなり、頑固で融通の利かない厄介者に成り下がるのです。

こうした意思の固定化に信念が加わると、嫌悪感は頑なな信仰者と同じ過ちを侵すことになります。

相手の本質を見ることもなく罪人と決め付けたり、よくよく精査しないまま悪人に仕立て上げてしまいます。

こうした偽信仰も信念の力が悪作用して、狭い了見は益々窮屈な思考回路に納まって行きます。

恐らくは会話(受け答え)にならないまま持論を押し付けるようになる。

思い込みというものは恐ろしい信仰心であります。

思い込みの思いが想いとなれば、想い込みは相手の立場を配慮(想い遣る気持ち)することが出来るのであるが、想いが思いとなると人間関係が自己中心的な意識に固まるのであります。

嫌悪感が信仰心にまで固まると、どの様な努力や配慮をしても裏返して解釈されてしまいます。

慎重に9の成果を積み上げたとしても悉く偽善と決め付けられ、たった一つの失態をクローズアップされて悪人枠に押し込めようとする…。

まことに悪視の前には手の打ちようがありません。

こうした悪視(悪意悪念)を改心させるということは、嫌悪感信仰への冒涜として受け取られるのが関の山です。

よって嫌悪感の克服には、どうしても時間が掛かるのであります。

悪意悪念に群がる悪霊悪魔の類とも対峙しなければならないが、最も大きな砦は本人の心に巣喰う己心の魔(偽り信念)であります。

この御大将を攻略しない限り、手先となる悪霊との鍔迫り合いは終わりがありません。

言葉の応戦は空しく虚空に消えて行くのみであり、重ねた温情は簡単に反故にされ、流れる時間は無駄な労力を繰り返すだけになります。

それでは何も手立ては無いようですが、たった一つだけ良策が残されています。

それは嫌悪感の御大将が己心の魔であると言うことを前提にした秘策でもあります。

 

 

 

35 霊性開示 【受難克服編】