090  自分を取り戻す反省回顧行

 

嫌悪感に苛まれている間は本来の自分を見失っている状態です。

他者を毛嫌いする気持ちは相手ではなく自分の心が感じている思いである。

その思い(嫌悪)が心の表層部分に蔓延って、肌に合わない対象を毛嫌いしているのであります。

本来の人間は同じ生命体である他者の存在を認識し理解することが出来るはずです。

自分の人生に時折り押し寄せた苦難困難と同じような苦しみ悲しみが、他者にもあることを知っているからこそ、同じ苦痛を知るものとして相手の気持ちを配慮したり労ったりするのです。

時には思いも拠らない事件事故に巻き込まれて、無実の罪を押し付けられることも人生には有りがちですが、そうした不遇な境遇を経験しているからこそ、他者の立場を慮りながら許しの気持ちも抱くのであります。

人間としての本来の魂を見失ってしまうと、常に物事の判断基準が現在只今の自分尺度(利己的基準)となり、己れの大鉈(強権)で問答無用の他者裁きに明け暮れるようになります。

普段の自分の素行(悪行為)は棚の上に挙げて、相手の罪ばかりを強く指摘するのです。

自分の感情を自発的に治められない人間が、他者の感情悪を裁く姿は誠に醜い情景である。

自らの悪癖を棚に上げて他者の悪癖を口撃する姿は憐れでもあります。

周囲に何か不具合が起こるなら、先ず最初に自分の内に罪誘発の火種が無いかどうかを顧みる貴方であれ。

他者の乱心横暴が目に付くなら、自らの心に悪視の種が無いかどうかを最初に顧みる貴方であれ。

常に自己反省を通した後で、目前に巻き起こった人間模様を精査する貴方であれ。

自分の現状の心が見えない者は、他者の心の内部が見えるはずもなく、自らの性格が正しく掴めない者が、他者の心中を正しく察することは無理な相談であります。

常に本来の自分を取り戻す為には反省回顧は必須項目である。

見方が悪ければ悪にしか見えないし、感じ方が悪ければ嫌悪しか沸かないのです。

歪んだ嫌悪感は罪無き人に罪を押し付ける罪作りの大罪人に成りかねません。

世に頻発するイジメやパワハラなども、根底に蔓延る歪んだ心は嫌悪感であります。

 

 

 

35 霊性開示 【受難克服編】