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様々な受難は人生にある。 人が生きると言うことは、そこに静から動への変化が伴なうと言うことであります。 この静から動への変化は魂の生長に繋がり、日々の経過は経験知となって未来を開く認識力となる。 永遠の生命としての意識を持てば何一つ無駄な知識は無いし、神の子の自覚を深める為には凡ゆる経験は魂の進化に繋がる宝物であります。 新創世記では以前に人生は水の流転に例えられると語られました。 山間に降り注いだ雨粒が山肌に浸透して何十年かの伏流水となり、再び湧き水として小川を流れて他の支流と合流を重ねた河川は、やがて滔々と流れる大河となって海に至るのである。 更に大海原で太陽の光と熱に温められて蒸発し、雲となった水の粒子たちは風に運ばれて海から陸へと旅を続け、再び天水として地上に雨を降らせるのであります。 こうして再び山間に降り注いだ水の粒子は永遠に天地を流転する。 しかもただ流転するだけに留まらず、流れの途路にて様々な生き物に生気を与え、魂の浄化を促がしながら水としての本分を果たすのです。 水の流転に於ける使命役割は生命の生気(潤い)と浄化であり、これは人間の生命の実相に於いては基本的な人生観として、魂の奥底に刻印された使命そのものであります。 水の流転に使命を感じて如何に流れるか(生きるか)と言うところに様々な個性的役割がある。 この個々の役割には自由選択の余地が無数に開かれているのです。 貴方は如何に生きるのか…。 何処を目指し何を成すのか…。 貴方の得意な分野は何か…。 誰と廻り逢い何を施すのか…。 人生には凡ゆる選択肢があるが、貴方に最も適したものを貴方自身が選び取って、長いようで短い人生・短いようで長い人生を積極的に生きるべきであります。 地上世界で生きる為には先ず自らの肉体生命を日々生かさなければならないのです。 その為にも肉体が欲する内的要求に応えて適度な食事を摂り、適度な運動を行い、適切な睡眠を心掛ける必要があります。 そうした基本的な人生生活を維持継続させるためには学業仕事も欠かせないはずです。 例えば誰かの幸せの為に生きて行きたいと愛に溢れた心掛けを貴方が抱くなら、その使命役割を人生で果たす為にも、貴方は先ず貴方自身の日々の生活を生かさなければならないのです。 全ての人間は人生を克服することが最初の命題となる。 この基礎的人生観を外してしまったなら、人間の人生は依頼心や依存心ばかりに支配されて、大切な使命役割を何時しか見失ってしまうのであります。 |