101  魂の傾向性が語るもの

 

責任転嫁が多い人は未だ主体的人生に至っていないのであります。

幸運も不運も、その環境境遇を呼び込んでいるものは他ならぬ自分自身である。

現在只今の心の状態を知らずして魂の傾向性が掴めるはずはないのです。

運命を心の奥深くから決定付けてくる魂の傾向性は、外見からの見た目では決して観えない世界観であります。

また一つ二つの経験事例だけでは規定出来ない心理である。

ここに数多くの経験値があれば、徳高き人格者には魂の傾向性が実感できるのです。

しかし過去を振り返らない無反省者には全く縁の無い世界観でもあります。

魂の傾向性が語り掛けるものは本人の人と成りだけではなく、過去世の姿や未来世の展望を包み隠すことなく雄弁に語ってくるのである。

常日頃から平然と生きているつもりでも何時も陥り易いスポットがあったり、何故か偏り易い方向があったりするはずです。

その習性が当たり前になっているなら、自己反省は有り得ない領域であります。

ボーリングの球を投げた後で、ボールがレーンの真ん中辺りを通過する際に、どの様な経過を辿ったかによって、十本あるピンの何処に当たり何処を通過するのかが大体は分かるはずです。

しかしピンが倒れる部分しか意識をしないのであれば、ボールがレーンの真ん中辺りを如何に通過しても意に介せず、ピンの倒れる結果だけが全てのボーリング(結果)になるのです。

一か八かの結果主義者の人生は博打と同じであり、幸運も不運も其のまま受け入れるより他に手立ては無いのである。

しかし途中経過を精査して魂の傾向性を把握することに成功したなら、現在只今を基軸にして軌道修正を掛けることが出来るのです。

長い時間を掛けて固まった魂の傾向性ではありますが、それと同じだけの改善時間を掛ければ克服することも可能です。

その善導努力が永遠の精進努力としての意識レベルに達すれば、改善時間を短縮することも可能になります。

元々自分自身の心の迷いで間違って歪んだ魂の傾向性であるからこそ、その心の歪みを自らの意識改革で改善することが出来るのであります。

間違った意識行使(自由意思)で悪の道を突き進み迷妄道を下るものも、同じ自らの意識行使で善の道を歩む自由意思も委ねられています。

自らの意識で運命は変えられる。

貴方も決して諦めず、地道な努力精進を積み重ねる人となれ…。

 

 

 

35 霊性開示 【受難克服編】