|
(霊障害克服力) |
|
ある程度の忍耐力を構築したなら可成り広範囲の耐え忍びが可能になります。 しかしそれは外障害(外部から襲い掛かる物理的障害)に対する忍耐力であります。 人間生活に於いて耐え忍びが必要なものは霊障害(精神的軋轢等の内部障害)であります。 霊障害は物理的外部障害とは違って、姿形を持たない精神的苦痛を直接的に味わうことになります。 殆ど敵の正体が見えないのです。 それでいて精神的苦痛は重苦しく耐え難い重圧となりがちです。 それもそのはずで、精神的軋轢を後押ししている霊存在が実在するからです。 霊憑依の問題は古くから語られている真実ではありますが、なかなか現代社会に受け入れられない理由は、霊世界の様相が明るみになると都合の悪い人間が多いからであります。 口先では尤もな見解を語る常識人も、本人の心の中を他人から覗かれることを嫌うはずです。 治外法権となっている心の世界では魑魅魍魎の有様が当然の如く展開している…。 しかもそれが誰からも見えないと思い込んでいるからこそ、心の中では遣りたい放題したい放題に思いを放っているのです。 その思いの陰湿な部分に憑依する迷妄霊が日常茶飯事に展開している…。 この事実は霊眼を開いた徳者たちは一部始終を知っております。 ましてや霊界の住人からはガラス張りの如く見える世界で、最もリアルに精神状態が見えるのは本人自身であります。 しかし本人は他人からは心の中が見えないと思い込んでいるため、他者に対する自分の気持ちを偽ることも出来るのです。 それでも本来は自分自身の気持ちを本人が偽ることは出来ないのであります。 心の中の悪態は他人からは見えなくとも自分自身には隠しようもなく見えるのである。 その悪意悪念を押し隠しながら偽善を決め込んでも魂は虚しいばかりなのです。 心の世界に展開する不条理な思念を内的処理(反省浄化)しなければならない。 この精神の清掃浄化を放置すると魑魅魍魎の妖魔悪霊の類に心を巣喰われ居座られることになる。 こうした現状を踏まえた上で、精神世界からの重圧に耐え忍ぶ精神力も磨いておかなければならないのであります。 この霊耐力を正しく磨く方法も後ほど詳しく語ることになります。 |