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一つの命が個性を持って、自発的な人生を歩み始めると、そこに現れてくるものは単体の自我であります。 この自我が自力を目覚めさせ、創造主の光明に向かえば神我となって、尊い命の躍動は他生命との結びと愛を実現するのです。 かくして生命体としての魂の分岐は歓喜と感謝に包まれながら、尚一層の魂の昇華を果たすことになります。 これが自由意志を与えられた人間の正しい発展形態であります。 もちろん人間の自由意志には悪事を行なう余地もあるが、此処で言う所の悪事とは何であるかと言えば、頑なに個別分断化へと突き進む個人的な我儘であったり、個人の我欲を貪る迷妄であったり、他者の自由意志を外圧や威嚇で封じ込めたりするような、五毒に侵された狭心迷妄者の悪行三昧である。 五毒とは我欲・欺瞞・愚弄・下劣・傲慢からなる迷妄心であり、自分の悪事を棚に上げて(自己の醜態が見えないまま)他者への配慮が採れない人間が、自分の心を見失った状態のまま毒付く言動を繰り返すのであります。 それは正に深酒した酔っ払いの醜態に似ております。 正常な意識を毒酒に麻痺されて理性もモラルも失っているため、心が歪んだまま自制の効かない我儘を押し通すのです。 正常な意識を失ない自制が効かない状態であるからこそ、悪態に対しても容赦無く(しかも快楽に溺れたまま)手加減もしない周辺汚濁を平気で繰り返すのである。 迷妄者たちの個人的な力量が腕力となれば、破壊力は我欲を貪るための道具として使うことになるでしょう。 理性もモラルも失った迷妄者たちは欲望願望を独占するための武器として、破壊力(腕力・武力・兵力)を公然と悪用するのです。 科学の進化を受け入れることは正道ではありますが、それと共に人格を磨き徳性を育むことを同時進行で取り組むべきであった…。 此処こそが近年の人類が道を誤った原因でありました。 深酒をして自分を見失った酔っ払いが感情に任せて暴力を振るう行為と、五毒に侵されて心を見失った迷妄指導者が他国に向けてロケットを撃ち放つ行為は、立場や規模は違えども破壊力(暴力・武力)に依存する弱き精神は共通するのであります。 力の倫理に規模の大小は意味を成さない…。 自我我欲に奔走する一社会人が、そのまま国家の党首になれば、感情の自律も出来ない人間が何を巻き起こすかは、もはや説明する必要もないでありましょう。 |