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五毒に侵された迷妄人間は深酒をした酔っ払いと同じく、我儘な素行を繰り返すと言うことでした。 正常な人間は他者の気持ちを考慮して言動を弁えることが出来るのです。 しかし自らの心を見失うと誰もが我が強くなり、自己中心的な横暴をしがちである。 これは誰にでも心の奥底に存在する破壊願望が、社会人としての理性を無くしたことで制限なく飛び出してきた状態であります。 破壊願望は誰もが心に持っている感情の一部である。 小さな子供がブロック遊びをしていて或る種の形を完成したのに、突然ブロックをバラバラに崩し始めて癇癪を起こす行為が、大人になった五毒迷妄者たちにもリアルに見受けられる…。 要するに自己の感情を統制出来ない状態にあるのが五毒に侵された迷妄者の精神状態であります。 年令や身体は大人であっても精神年令は子供のままである。 もちろん子供心の純真さは大人になっても大切な精神ではありますが、場面毎の立場や役割に応じた公共性を見失ってしまうなら、もはや迷妄者の仲間入りである。 社会人であるのなら公私の区別は最低限は守らなければならない人間性(人徳)であります。 心の中に様々な思念想念を有していることは、経験値としても尊い財産ではありますが、その貴重な財産は扱い方を知らなければ散財を招き、何時しか名実共なる負債人生に転落するのです。 そうした人は多岐に渡る経験値がアダとなる。 つまり知識量は多いが正しい扱い方が出来ない迷妄者であると言うことです。 公私の区別が出来ない人間は正にトラブルメーカーとなります。 自分の小さな了見に合わず気に入らない感情が前面に出ると、思い通りにならない感情軋轢に耐えられなくなり、子供のような癇癪で破壊行為に走るのであります。 五毒迷妄者たちは精神年令は未だ子供であっても、実年令も身体も社会的地位も大人の立場に居るため手頃な破壊力に頼るのである。 最初は言葉の暴力(暴言迷言)が出始め、暴走して言葉による周辺汚濁や殺戮殺傷を繰り返し、高まった感情の統制が採れない迷妄者は、やがて実際に行動を起こすことになります。 この背景には霊的憑依も関わってくるからです。 そのため傷口が浅い内に精神治療を受ける必要があります。 他者を傷付けたり脅したり威圧を繰り返すことがエスカレートするようなら、公的機関による監視や隔離も必要になるかも知れません。 何れにしても注意深く観察出来れば五毒迷妄昏睡状態を見い出す事は出来ますが、その為には観察者自身が自己内照して自らの心の現状把握が出来るレベルに立って居なければならないのです。 |