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017 武器兵力は禍いを呼び込む |
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結局のところ力の倫理にも心の法則(因果の理法)が影響しているのです。 そのため武器兵器に依存するものは、その心の磁石で禍いを呼び込むのであります。 武器の使用目的は力量に頼る護身であり相手への効果的な打撃であるはずです。 兵器の使用目的は強大な力量による威嚇と相手への壊滅的な破壊であります。 何れにしても力量による解決を選択している現代人には恒久的な平和が訪れることは無いのです。 武器兵器を威嚇材料とする相手は猛獣よりも厄介で恐ろしく、人としての心を見失った迷妄者であります。 もともと正常な精神を維持継続出来る人間であるのなら、同じ魂の人間同志で殺戮破壊は有り得ないのです。 自分が受けた傷の痛みや苦しみを知りながら、同じ苦痛を報復として実際に行なう愚策は、正しい智恵の足りない人間の悪行三昧であります。 智恵にも善悪の種類があり深浅高低の品格があるのです。 やはり人間は個人的人格を磨きながら統合的意識を育まなければならない…。 そうして公私の区別を弁えられる人徳を高め深めて行くべきであります。 武器兵器に依存する解決策の本質は原始的な力の倫理であり、そこに近代科学を悪用した武器兵器が製造されることで、感情の自制すら効かない迷妄人間の武器兵器に対する依存度は増すばかりです。 対話のテーブルを用意しても、背景にある強大な武力をチラつかせて威圧する対話は、正に虎の威を借る狐の童話である。 狐は森の中で自分が最強であることを偽るために虎を連れて森を歩いて見せたのです。 すると森の住人は虎を恐れて逃げて行きますが、その森の住人たちが逃げる理由は自分の存在が怖いからだと狐は偽ったのです。 この童話は其のまま現代社会の国際情勢に現れています。 強大な武力をチラつかせて他国を威圧する行為は、戦国時代への逆行現象に他なりません。 何時の時代も人格で勝負出来ない人間は、その時代の最先端を行く力の倫理(武器兵器)に依存するのであります。 こうして物質文明には依存種別が増え続け、仮初めの経済は繁栄したかに見えるのでありますが、実際に繁栄したのは物理的事物の興隆であって、人間性が進化した訳ではありません。 寧ろ総合的に見た人間性は、科学技術の機能性や利便性を実現した分だけ衰退したのが実情である。 こうして人類は力の倫理に頼り過ぎて心の世界や霊界の存在を否定するようになったのであります。 |