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019 ビッグバンは大宇宙の法則 |
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それでは人間側の心の持ちようで足りないものは何であるか…。 それこそ霊的実在である創造主に対する信仰心(神仰心)であります。 創造主は地上人間が意識するしないに関わりなく、常に間断なく慈悲慈愛を降り注いでおられるのです。 つまり地上人間は常に生かされ満たされ育まれ導かれているのである。 その事実を実観できる人は感謝の心で生きております。 大自然を統べる創造主の慈悲慈愛の下で明るく素直に生きております。 しかし霊性を閉ざした人間は常に不足の心で生きております。 足りない…何かが足りないと、不平不満の下で自分自身の利害ばかりを気に掛けて生きております。 それでも創造主は人間の個性役割を尊んで、個々の自由意思の現状を途中経過として受け入れておられるのです。 自分の意思で迷うなら其れも仕方あるまい…と。 本人の思考と努力で直面する課題を解決するなら、個生命に於ける自力は遥かなる生長へと向かうであろう…。 しかし個性に拘る人間よ、此れだけは決して忘れないでほしい…。 汝らが迷い悩み立ち尽くす全てを常に見守る大意識(創造主)が存在することを…。 心を開いて大意識に対して、明るく素直な気持ちで飛び込めば、創造主は何時もと変わらぬ温かい御心で、両手を広げて迎え入れて下さることを…。 意識の融和は結びの心であり、強き信仰心(神仰心)が慈悲慈愛を共有させるのであります。 宇宙空間の中で小さな光にしか見えない一つの星も、大意識(創造主)の元に無数の心を寄せ合えば大銀河の輝きになります。 同じ意識を共有する個性体が使命役割の下で無数に飛び出して行く姿は、正に大宇宙のビッグバンに相当します。 それぞれに性質も力量も違う個性体ではありますが、同じ目的目標の下で力を発揮すれば、人間が扱う破壊力も大宇宙の運営者側の意識として善用され重用されるでありましょう。 壮大な宇宙を統べる創造主を想えば、一人の人間の小さな力量など取るに耐えない微粒子の自己主張であります。 自らの本来の小ささを切ないぐらいに知る者ほど、大宇宙の偉大性を真に実観している覚者である。 だからこそ人格が高く徳性が深い者ほど、力量に溺れる(傲る)ことなき謙虚な人徳を湛えて生きているのであります。 |