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021 幼い知力は腕力に走る |
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比較力が浅い間は、足らざる思考回路を補うものが力の倫理であります。 魂が幼い人間の力尽くでの腕試しは、物事の正邪判別の際には現状での序列を決めるために重宝されるのです。 それが最も分かり易い解決方法ではありますが、それは最も浅はかな解決方法でもあります。 子供たちの遊戯の中で時折り見られる腕力による主導権争いは、そのまま現状での魂の真実を物語っています。 こうした小さな主導権争いは成人した社会人の中にも時折り見られます。 今では歴史上での忘れ形見に成り掛けている青春ドラマの解決方法は、怒声と腕力による強制規律でありました。 スパルタ教育と言うと何か良い響きのように往年の人は感じるかも知れませんが、よくよく観察して物事を精査すれば、心の甘えに埋没する人間に対して上手な対話を持ち合わせていない者が、手っ取り早く力の倫理に頼ったものが青春ドラマの腕力による解決方法でありました。 そこにはまだ相手に対する愛情が存在していることは事実ではありますが、これは徳性開発が進んだ未来社会からすれば、心の原始時代に該当するほど知力の低い時代精神であります。 結局は腕力に依存した社会通年は影を潜め、新たな知力優先の比較検討が始まりつつあるのが現代社会の解決方法なのです。 現代での腕力による秩序維持は、法規制に則って強制力を行使する司法や警察機関などの職務になりますが、その対象者は社会人としては精神異常者(錯乱者)に該当する人々です。 知力による対話が難しく、自己主張を強烈に押し通して罪を犯すような犯罪者を、逮捕するための解決方法として腕力(強制力)を行使するのである。 こうした犯罪が頻繁に起こる現代の時代精神は未だ幼い精神段階にあるということを、現代社会は素直に受け入れなければならない。 そうして腕力から知力へ魂の質を昇華する方法を、正に知力を使って見い出す努力が必要になる。 現状での社会通念が未だ知力を正しく使いこなせない理由は、知力に勝る徳力(人間力)が乏しいからであります。 自己主張はするが他者配慮はしない人間が多い時代は、悲惨な戦乱が多発した時代でもありました。 これは人類の問題解決方法が未だに幼い子供の力比べの域を越えていない事実を、心から恥ずかしく想える人々が少ないということであります。 |