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025 厳正な比較力は客観視 |
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現象的力量を精神的力量に昇華させる為には主観を超越しなければなりません。 それはまるで飛び立った鳥が空から状況判断をすることに似ています。 それまでの地上的な認識(自力視点)を排して大空から見渡す鳥のように、客観的な視野から鳥瞰図を想い描くのであります。 しかも其処には第三者的視野で自分の言動さえ静観する必要があるのです。 自らの普段からの言動が見えてこそ始めて厳正な客観視が出来る。 そうして自分の心の波立ちが見えれば世界観は一変するでしょう。 正しい状況判断は確実な解決策を教えてくれるのです。 それまでの主観に頼った解決策は相手への指摘(要求要望)が多くなっていたが、正しい客観視が出来れば自分自身の相手に対する影響(良し悪し両面)が観えるようになる。 そうなると相手への要求要望をする前に自分側の不具合から改めることになります。 人を見る目が主観に片寄っていた事実を知れば、むしろそれまでの自分の言動が恥ずかしくなる。 主観は相手の立場や心境を配慮せぬまま他者裁きが増えるのであるが、それは自己自身の心境や魂の傾向性が見えなかったからだと気付くのであります。 その時に始めて心の奥底から懺悔が出来て、浄化の雨は涙とともに心の汚れを洗い流してくれるでしょう。 そうして本来の真人間(神の子人間)に戻るのです。 相手の気持ちを想い遣ることが出来ないまま言いたい放題したい放題の自分であった…と。 厳しい要求要望は本来は自己自身が改めるべき注意点であったと。 客観視は自己限定の殻を心の内部から打ち破り、それまでの四角四面な性格が相手に対して誠に窮屈な言動を現していたことに気付くのであります。 客観視が出来る人間は懐の深い対応を心掛けているはずです。 何故なら自分には出来ないような無理難題を相手に強いることは、惨めな采配であると言うことが解るからである。 また自分側が心を改めて動いたなら解決が早いことに気付くからである。 主観は詰まらない紛争が多く誘発するが、その主原因が観える客観視は事前の準備(根回し)が自分側の努力精進として徳積みにもなり、目先の詰まらない紛争が激減するため返って有意義な人生を送れるようになるのです。 徳者には鍔迫り合い(腕試し力比べ)が必要ありません。 高度な比較力には人生の摩擦や紛争を事前に回避させる智恵があります。 しかもこの智恵は精神的力量を強化して、ますます高度な霊性を魂の傾向性として育ませるのです。 |