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041 人格に流し込むものは精神力 |
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自らの心を顧みる習慣があれば、目先に巻き起こる障害の八割は事前に回避出来ると言う事でした。 自分自身の心掛けで呼び込み引き寄せた運命(障害)であるからこそ、自らの心掛けを改善すれば運命の克服は可能であるのです。 神は人間に克服出来無いような問題(無理難題)は与えないと言われています。 それもそのはずで、本人の障害は本人自身の心の投影であるからです。 自分自身の問題投影であるからこそ、その解決策も本来は本人が一番よく知っているはず。 それがよく分からないと言うような人は、自己反省の習慣が殆ど無い人であります。 そうした人が心の中を見渡す習慣が無い理由は、自らの隠し所に潜ませている汚点を、他者に見られたくない(知られたくない)隠蔽体質の人間である。 人は誰もが汚点の一つや二つは隠し持っています。 それがコンプレックスとなって人生の所々で人格を歪めてくるのです。 隠蔽した汚点を認めたくない人間は現実逃避が多くなります。 真正面から自らの汚点と対面すると逃げ出したくなる程の遣る瀬無さを感じるのでしょう。 その心の苦痛に耐え切れないのです。 そうなると苦し紛れに周辺汚濁を重ねて自らの汚点を目立たなくしたり、過度な虚飾や横暴雑言で周辺威圧を繰り返すのであります。 こうして益々自己反省が出来ない人格が形成されるのです。 こうした負の魂の傾向性を改善しなければならない…。 人間性を貶める傾向を改める為には克己心が必要であり、善なる傾向性を維持継続させる為には向上心が必要であります。 人格に流し込むものは常に精神力である。 この精神力が弱い人間は物理的な護身用道具を矢鱈と身に纏うのです。 雁字搦めの鎧を纏い、殺傷能力の高い武器を纏って、まるで腫れ物の身体を他者から触れられないように、我が身の専守防衛愚策(周辺汚濁)を重ねるのです。 頑丈な鎧(装飾)を纏い、多くの武具(雑言)を持ち、力任せに切り込む人間は、軟弱な精神力を自ら暴露していることに気が付いていないのであります。 |