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042 克己心なきものに未来は無い |
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現象的力量(物理的武具)に頼るものは精神的力量(克己心向上心)が見当たりません。 形態に頼る心には其の場凌ぎの風見鶏(ご機嫌伺い)程度の精神力しか身に付かないのです。 現象的力量は有限の世界にしか通用しないが、精神的力量は無限なる世界に繋がっています。 物質形態の力量(エネルギー)は消費をしながら燃え尽き消え去る運命にある。 つまり現象的力量を維持継続する為には外部からのエネルギー補充に頼らざる負えないのです。 外部から調達(補充)するからには代価や制約を要求される。 要するに現象的力量は本人自身の技量ではなく借り物の機械武具に他なりません。 どれほど偉大な機械武具を揃えても本人の人格が育たぬ限り、虎の威を借る狐の如く心虚しい人生を辿るだけである。 これが物質文明に依存する者の真実であります。 しかし精神的力量は本人自身の心の中から湧き出してくる生命力です。 生命力は無尽蔵(永遠)なる聖泉である。 精神力に身を任す者には余計な武具は必要なく、人格に具わった徳性が人望を集め神威に繋がり、一人では出来ないような大事業さえ開拓して行くのであります。 無限に繋がる生命力を呼び込み引き寄せる為には克己心が必要不可欠である。 克己心なき者には真っ当な未来は有りません。 精神力を泉の如く湧き出させる為には主体的努力を要するのです。 人生には様々な障害が付き物ですが、その障害に成す術もなく普段の歩みを諦めてしまったなら、魂が物質文明に同化して精神力も枯渇してしまうのです。 そうした時にこそ克己心が活躍をします。 負けるものかと運命に立ち向かう気力を絞り出す時に、克己心は枯渇しかけた聖泉に注ぎ込む誘い水となって、再び無尽蔵なる生命力を呼び込み引き寄せるのであります。 有限の世界に依存する人間には限界が多くあるが、無限なる世界に心が通ずる人間は前人未到の限界を超えて行けるのです。 生命力は遥かなる高次元から降り注ぐ大神の慈悲慈愛であり、創造の大神には不可能は一切ありません。 地上に生きる人間であっても実相世界(創造主の慈悲慈愛)に心の波長を合わせて生きることで、その波長が維持継続する間は貴方の周囲に神威が自己展開するのであります。 |