|
048 不遇を嘆く癖を止めよ |
|
心の法則は逃れられない因果の理法です。 心に悪しき思いを抱き続ければ悪しき事象が現れてくる。 物質世界の因果は現象的な時間経過を伴って後から現れてくる…。 全ての因果は心の投影であり、これは善にも悪にも通用する心理であります。 だから不運を嘆く気持ちが習慣化すると、同質の不運を自身の未来に呼び込み引き寄せるのである。 それは不運を繰り返し心に描くからです。 臆病者は臆病な自分を繰り返し思い、逃避者は常に逃げ道を探り、中傷者は他人の非を繰り返し思い、不運者は自らの不遇を思い描き予想するのです。 心の針(傾向性)が何処を向いているか(何処に多く向きがちであるか)によって、本人が何を多く呼び込み引き寄せるかが決まってくるのです。 他人の醜態ばかりを集めて裁く者は、同質の醜態悪が自身の心の中に存在するからこそ悪視となっている事実に気付くべきなのです。 それとは逆に接する人々の善事を拾ってでも感謝する者は、同質の善事を自己自身の周囲に呼び込み引き寄せることになります。 人生には山あり谷あり、善事も悪事も交互に押し寄せるが、何方を多く心に留めるかによって魂の傾向性が善にも悪にも形成されるのです。 従って悪人と規定される人は悪視が心の大部分を占めていて、同質の悪事を探してでも裁く心の傾向が出るのです。 また善人と規定される人は善視が心の大部分を占めていて、同質の善事を探してでも誉める心の傾向が出るのです。 人間の性格は1日にして成らず、長い年月を掛けて植え込まれ染み付いた魂の傾向性であります。 その魂の傾向性は強烈な流れとして人生を支配してまいります。 そのため軽はずみな気持ちで流れ(心の傾向性)を変えようとしても、悉く従前の流れに納まってしまいます。 しかし諦める必要はありません。 先ずは不遇を嘆く癖(習慣)を止めて、地道に従前の流れを変える努力を繰り返すことである。 単純に事を成し遂げようと焦らずに、生涯を掛けて善流を貫く努力を重ねることです。 その時々刻々に試されるものが忍耐力である。 従前の流れを変える者には其れ相応の物理・精神的な摩擦が起こることを覚悟しなければならないのであります。 |