058 憑依霊の正体を見抜く霊性

 

反省回顧が少しずつでも習慣化する毎に、自らの言動の中に自分の本心とは違った何か(違和感)を感ずるようになります。

本来の自分の性質を知っていれば違和感を感じるのは容易いことなのです。

少なくとも何時もの自分とは違うな…と気付く時がある。

その時が本来の自分に戻った時であります。

神の子の自覚が深まれば深まるほど魂の原点に対する反省回顧の精度が増して行くのです。

それと共に自分に憑依していた霊が何者であるかが分かってまいります。

これは自らの意識が主観視から客観視に変換したことを意味しております。

さらに霊性が高まれば霊的客観視として意識が昇華するのです。

地上世界に物理的な主観視と客観視があるように、霊的世界にも霊的な主観視と客観視があります。

それは物質世界の様々な縛りを取り除いた主観霊力(霊視・霊聴・霊味・霊臭・霊触)と、それらの個人的感性を超越した客観霊力(観自在力)に該当します。

そうして客観霊力(観自在力)は魂の生長進化に伴って昇華する霊的力量には終わりがなく果てがありません。

正に行く末は創造主の究極霊力に限りなく近付いて行くのであります。

地上人間が自らに憑依する霊を見分けるには主観霊力で十分です。

これは霊性を開けば万民に可能な霊能力でもあります。

しかしただ霊能力を扱えるだけでは寧ろ危険な状態にある。

悪霊悪魔が好んで狙う人間は、中途半端に霊道(霊的能力)を開いた人間であるからです。

霊道を閉ざした人よりも霊道を中途半端に開いた人間の方が、好き嫌いの好奇心が強い分だけ迷妄邪説を信じ易いのであります。

そのため邪な思いで霊的能力を求める人間は、最も悪霊悪魔の類に狙われることになります。

霊性を開くには正しい順序があるのです。

まず最初に自己反省の習慣を魂の傾向性にまで高めること…。

これは魂の原点に至るまでは手を抜けない心的作業である。

この反省回顧の習慣が魂の傾向性にまで高まったなら、いよいよ第一の岩戸開き(霊性開示)に進めるのです。

霊能力を得るということは精神世界側から人間社会を覗き見ることになる訳で、様々な人間模様のドロドロとした汚泥部分も同時に見えるようになるのです。

それは見るに耐えない惨状であります。

 

 

 

 36 霊性開示 【天下布武編】