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066 器(人格)に入れるものは愛心 |
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想像力は扱う人間の品格に作用されると言うことでした。 品格とは人間性を表す器量であり人格の現状であります。 格闘技を極めた人間は強さを表す器量が形成されているけれども、その器量(技能)が弱い者イジメに使われたなら低能な品格で終わってしまいます。 時間を掛けて磨いた格闘技の器量を自分よりも強い相手に発揮するなら、技能は格段に高度化して品格も高まるのであります。 その格闘技の真なる力量を弱者を助けるために無報酬で提供するなら、格闘家の品格は感謝と憧憬を受けて高い人格を構成するでありましょう。 地上世界には様々な力量の種類が存在しますが、全ての力量(器)に流し込むべきものは愛の心であります。 愛する者の為に力量を発揮するなら、その愛の想いの深さに従って人格も無限に高まるのです。 こうしたことから過去の歴史を紐解けば、最高の人格者としてイエスキリストの名を上げることが出来ます。 イエスキリストは普遍の愛を当時の人々に説きました。 自己自身の運命を前以て知りながらも真実の愛を説いたのであります。 その為に悪心に蹂躙された時の権力者に磔の刑に処せられ命を絶ちましたが、彼が説いた真実の愛は人から人へと伝わって世界中に広がったのです。 現象的な肉体の復活さえも果たした訳ですが、本当の奇跡は世界中に広がった愛の教えの中にこそ存在するのです。 その愛の教えは空間的国境を越えるに止まらず、時間的時代をも超えて行ったのです。 真実の愛には時空間の制限がありません。 それは創造主の慈悲慈愛がイエスキリストを通して地上世界に流れ出たことを意味しています。 イエスキリストの人格は創造主への想いが溢れていたはずです。 たった一人の想像力を超越して普遍なる大神に意識が届いたのであります。 すでにイエスキリストの人格は神格化されましたが、彼の本体が愛の想い其のものであることを想起すれば、神格化は名実ともに真実であると言えるのであります。 これはイエスキリストにだけ起こる奇跡ではなく、同じ魂の系統をルーツに持つ万民に可能な奇跡である。 もともと奇跡とは必然であり、高次元神界の必然なる意図が地上に降り注いだのである。 この必然なる奇跡は時代の大変革期である21世紀に集中して降り注ぐでありましょう。 貴方も今まで構築してきた自己自身の器(品格)の中に、自らの意志で創造主の慈悲慈愛を流し込むべきであります。 |