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076 生命の枯渇は愛心の不足 |
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恐怖心が生命力の噴出口に蓋をすることになるわけですが、この恐怖心が心に蔓延る原因は何かと言うと、これは愛の想いの不足を現しています。 愛心が深まれば人は苦難困難にも立ち向かう勇気が湧いてまいります。 つまり愛心には恐怖心を薄れさせる力がある。 我が身に迫る恐怖に身を屈め打ち震えていたとしても、自分にとって誰よりも大切な人が同じ恐怖に取り巻かれていたなら、気力を振り絞って恐怖の対象に自ら挑むことになります。 可愛い我が子を救うために…。 大切な伴侶を守るために…。 掛け替えのない人を庇うために。 我が身の苦痛や恐怖を投げ捨ててでも救済に立ち上がるのではないでしょうか。 愛の想いは誘い水となって、実相世界の神聖なる光を呼び込み引き寄せるのであります。 そのため自身の何倍もの力量が発揮され、萎縮した精神に活気凛々とした生気を溢れさせます。 その光明の力が現れたなら、恐怖心は跡形もなく消滅してしまいます。 これに反して愛心を忘れると利己欲心が頭を擡げて自己保身に走りがちである。 そうして恐怖の対象から脱兎の如く一目散に逃げるのであります。 心の痛みや苦しみに堪える力など縁遠く、目先の小さな利害を細々と拾って歩く其の日暮らし人間となり行くのです。 とりわけ恐怖心は消えることもなく、心の中からヒタヒタと走り寄ってくる…。 そのため更に恐怖心が増して行くのであります。 心の中の聖泉には蓋を閉めたまま新しい生命が湧いてくることもなく、気力は萎え生気は枯渇して、本来の人間に具わっているはずの蘇生力は機能不全を起こした状態が長らく続くのであります。 蘇生力には愛心が必要不可欠である。 自然治癒力は愛心が導入剤となって無尽蔵なる生命力を呼び込み引き寄せるのです。 自分の事ばかり気にする人間には自然治癒力が疎遠となる。 長らく持病を抱えている人は、自らの療養も大切であるが、持病を気にする意識を自己から周囲に移して、どんなに小さなものでも良いので他者に愛を施す心を実践して致だきたい。 魂の体質(傾向性)を利己から他者への愛心に変えることで蘇生力は格段に高まるでありましょう。 何故なら愛なる心の波長には愛深き神癒も付き添うことになるからです。 |