094 優美の力

 

徳性具現力の空間軸を司る力量に優美の力が実在します。

優美とは優しく美しい理念ではありますが、この優美の力を体現する為には其れなりの忍耐力を必要とするのです。

地上世界は自我の台頭で自己主張の相剋による混沌世界になりつつあります。

こうした地上社会で優しさを貫くことは並大抵な努力では済まされず、自己都合で乗り切れる問題でもありません。

必ずしも人は此方の思惑通りには感じてくれないし、利己的な予想通りには動いてくれないのです。

自分本位の優しさを貫けば貫くほどストレスが溜まる世の中であります。

また美しさも同様で、形態に美しさを求めれば固定化した美は其のまま過去のものとなり、新たな美を求めて迷宮の深淵に嵌まり込むのです。

形態の美は生命の美徳の一コマを切り取った芸術作品に過ぎず、一時の美的感覚を伝えることは出来ても美の永遠性を表現することは出来ないのであります。

美の本質は生命にこそあり、生命は死に向かうものではなく、時空間を越え次元さえも超える神の光明こそが、本来の美の本当の姿なのです。

その本来の美徳を貫く為には気高い霊性を辛抱強く維持継続しなければならない…。

こうした側面こそが優美の力に忍耐力と霊耐力が必要になる理由であります。

何かにつけて激昂して不平不満を周囲に散蒔く人間には、心の内で感情を精査する隙間も無いのでしょう。

優しさの追求が、自己自身に与えられる優しさ追求になるなら、これは間違いなく愛に飢えた渇欲であります。

本来の優しさは人の憂い…と言うことで、他者の苦しみ悲しみを同悲同苦の心で憂い、その苦渋を理解する者として接するからこそ、優しさが創造主の慈悲慈愛に通ずるのであります。

つまり優しさは愛である。

愛の心で優しさを貫き、愛の想いで美しさを貫く人こそ、実相世界から振り降ろされる優美の力を体現する高徳者であります。

徳性具現力は具体的な実践を通して、神々の心を我が心として生き貫くからこそ、実相世界に即した魂の傾向性が人徳として育まれるのです。

こうした真実を魂で得心した其の時から、徳性段階を踏み締めた地道な努力精進が始まるのであります。

 

 

 

 36 霊性開示 【天下布武編】