095 勇気の力

 

何をするにも勇気が湧かないと嘆く人が居る…。

無闇矢鱈に己れの力量を振り撒く人も居る…。

勇気と言うものが外部から付加された何か加勢のようなイメージとして誤解されている。

本来の勇気は気高く美しい光明の現象化であり、その勇気の力(光明)は遥かなる高次元神界(実相世界)から溢れ出してくるのであります。

徳性具現力としての勇気の力は、創造主の御神体である慈悲慈愛の触手として適材適所に振り降ろされる神剣であります。

物理的力量に依存する人間には本来の勇気は湧かず、その代用として護身物を付加することで安心を得んとするのです。

偶像崇拝は最たるものですが、頑丈で重厚な鎧を身体中に纏い、返って身動きの不十分な状況下に落ち込んでいる。

そうしてそれらの付加護身物が無くなると急速に弱体化するのであります。

実相世界から降り注ぐ勇気の力(光明)は無尽蔵の聖泉であります。

尽きることなき生命エネルギーが魂の奥底から湧き出してくる。

神の子の自覚を持って事に臨めば必ず湧き出す生命力である。

こうしたことを前提にすれば、勇気の徳力を高めるためには幾つかの重要な鍵があることに気付くはずです。

それは善意に叶った意志なのか。

天理の智恵に叶った行為なのか。

何処までも貫く意義があるのか。

他者の心と心を繋ぐものなのか。

意識を集中する価値があるのか。

こうした項目に合致してこそ高次元神界(実相世界)の徳性具現力と波長が合うのであります。

悪意に靡く勇気は形態を装っても偽善である。

智恵の足りない勇気は強い力量であっても単なる蛮勇である。

気分次第で諦めてしまう勇気には責任感が見当たらない。

他者への配慮(想い遣り)が無ければトラブルメーカーである。

気を集中する為の真価が無ければ時空間の無駄遣いに他ならない。

こうした幾つかの項目は勇気の力量を発揮する時点で自問自答するべきであります。

徳高き先達は事に及んで我を振り返りみて、我が内に私心ありや否や…を自問自答したのである。

こうした事前の脚下照顧があればこそ、徳性具現力は無限に深まり永遠に高まるのであります。

もし仮に貴方の人生に勇気が湧かないと言うのであれば、其処には愛の想いが足りないのである。

真なる勇気を引き寄せる鍵は愛である。

それは他者への深き愛の想いであります。

 

 

 

 36 霊性開示 【天下布武編】