001 如意宝珠御霊(観念自在)

 

寄せる波  引く波ありて  細波の  白く波立つ  想い伝えし

龍宮世界には如意宝珠という観念自在なる神宝があります。

もちろん神宝は御霊体でありまして、物理的な形態がある訳ではありません。

御霊体であるからこそ融通無碍であり、神宝であるからこそ一点の曇りも無い清浄無垢なる宝珠であります。

かつてこの如意宝珠を幾人かの神縁ある者が戴拝しましたが、殆どの方が自我を歪ませたが故に、御霊体である如意宝珠を形態として崇拝するに至り、宝珠は如意自在の神力を失って装飾としての御霊代にされてしまいました。

御霊代そのものを神仏として拝むなら単なる偶像崇拝であります。

本来の御霊代はインターネットのアドレスのような役割であり、そのアドレスをクリックすれば目的の情報源と繋がるように、御霊代(アドレス)に思念想念を込めて祈願(クリック)することで、貴方が求める神仏に想いが繋がるのであります。

如意宝珠も貴重な御霊代として扱えば如意自在なる神力を得ることになりますが、そこには限りなく果てしない想いで純粋無垢なる魂を維持継続する覚悟が必要になります。

その理由は当然の話ではありますが、龍宮世界こそ実相世界の光明に対して限りなく果てしない純粋無垢なる生命の精妙化を維持継続せる神霊世界であるからです。

そうした清らかな神霊世界から戴拝した如意宝珠御霊であるからこそ、同じく清らかな心で想いを照射すれば、その清らかさに応じた善果が現れてくる…。

地上の人間には物理的な限界があっても実相大神には限界がありません。

如意宝珠は実相大神と回線(意識)を繋げる霊ポイントである。

自らの魂を継続的に磨く意志が無いなら、むしろ欲してはならない最強至高の神宝であります。

しかし現状では我欲が強く魂を歪めた者ほど如意宝珠を欲しがる傾向にある。

そうした迷妄者たちは、幸せは外部からの付加価値で得られるものだと錯覚したまま生きているのです。

従って彼等の人生には形態としての装飾が増え、物理的な力学への依存心も高まるのである。

その行く末は心を曇らせ霊性を閉ざす事になるのであります。

新創世記37巻(如意宝珠)は龍宮世界の神宝である如意宝珠を、運命打開の新法則として扱う方法を縁ある方々に伝授して、時代の大転換期に地上に降りた天使(神の子)たちに如意宝珠を授ける役割を果たすものであります。

 

 

 

37 霊性開示 【如意宝珠編】