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011 綿津見神は産出しの大神 |
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また乙姫(女神)たちを護り導く龍宮大神は綿津見大神であります。 綿津見大神は産み出しの大神であり現し身の大神でもある。 上津綿津見神・中津綿津見神・底津綿津見神の三神をもって綿津見大神と称するのであります。 龍宮神霊世界の統治神として言葉の力(波長・波動)を司って居られます。 言葉の整理調整創造の統率大神であり、龍宮神霊世界の産みの親でもあるのです。 全国津々浦々に(特に水辺に)建てられている住吉神社は、綿津見大神の分身分霊である住吉大神(表筒男命・中筒男命・底筒男命)が祭られています。 住吉三神は大浄化の神職を司られる大神で、言葉の浄化置換再生を司って居られます。 数多の眷属は龍神雷神波神水神等で、主に水系の現象化を手助けしています。 龍宮神霊世界は誠に均整の取れた秩序と調和の世界であり、美の原点は龍宮神霊世界に帰属します。 女性美の原点も男性美の原点も、元を辿れば高邁な理念の世界に至るのであります。 究極の女性美は三大概念の融和であり、それは時空間に自己展開する優しさ清らかさ奥ゆかしさの総和であるのです。 また究極の男性美も三大概念の融和であり、これも時空間に自己展開する暖かさ爽やかさ逞しさの総和であるのです。 こうした三大概念を見失ったまま物理的な形態に美を追究し始めると、人間の魂は固着して美的感性は感覚的形態美に陥るのであります。 現代人に流行っている整形美は感覚的形態美に該当します。 形に拘れば人は真実の美を見失うのである。 真善美の正体は霊的感性に裏打ちされた生命の躍動そのものであります。 形態に美を求めると心は付加価値追究に走ることになります。 付加価値は物質価値(外部形態)であって本人自身の本来の人間美からは逸脱しています。 生命の実相は本来完全円満なる光明そのものです。 人間は光明(生命力)を魂の奥底から明るく素直に放つだけで、それだけで人間としての美的感性が自然に整うのであります。 ここに綿津見大神の大浄化(自然治癒力)が光明と共に果たされるのです。 真実の美は金銭ではなく生命に求めるべきである。 若さとは生命力であり、自然に生命力が発揮される若者には付加価値など必要が無いはずです。 老いとは生命力の忘却であり物理的付加価値への依存であります。 |