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022 シンプルな浮上原理 |
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永らく不遇の状態が続いている人は、今一度脚下照顧して自己自身の現状把握をして致だきたい。 誰かの所業が受け入れがたいものであるのなら、それは先ず自己自身の現状を受け入れていない結果でもあります。 自分の普段からの所業が見えない人間が、他人の所業の正否が正確に見える訳もなく、相手の複雑な気持ちを解することなく、問題解決が成されることは無いでありましょう。 現象は心の影であります。 環境を創り出しているものは相手だけではなく、自己自身も環境形成に加担していることを認めることから始めなければならないのです。 だいたい不具合や人的摩擦は人間一人きりでは起きようもない。 一人きりで無人島に暮らす人間に起きてくる問題は少ないはずであります。 恐らくは無人島で起こる問題は個人的な問題だけでありましょう。 最低限の衣食住の確保と、孤独に耐える精神があれば無人島では事足りるはずです。 しかし人間社会では共同生活・共同作業を通して、一つの目的目標を実現させなければならない。 本質的な考え方の違いを歩み寄せる為には相手の複雑な心情を理解することが必要であります。 そうして相手の心情を正確に見抜く為には、相手の言動を精査する側(自分)の色眼鏡(主観)を外す必要があります。 色眼鏡(固定観念)で相手を見ている間は心の葛藤が尽きないでありましょう。 色眼鏡(レッテル)を通して相手を見ている間は相互の人的摩擦も起こるべくして起きている。 何故なら心の葛藤も相互の人的摩擦も、お互いの色眼鏡(自己主張)が火種となっているからであります。 永き時の狭間(不遇)に埋没している人は、詰まらない我を捨てるべきだ。 我を張り合う心を客観視すれば諸行無常の響きしかないのです。 努めて謙虚に生きる姿勢を忘れてはならない。 初心忘るるべからず。 このシンプルな言葉は万能薬であります。 海辺で遊ぶ子供たちが我先にと我を張り合ってビーチボールを空に投げ合っている。 しかしビーチボールは自然界の大法則に従って落ちてくるのみである。 その逆にビーチボールを水面に押し込めば、浮力の原理でビーチボールは自然に浮き上がり、水面上に飛び出すのであります。 人間社会の大海原で我を張り合い引き摺り下ろし合う人間関係は、自己自身が自然界の大法則に従って落ちてくるのである。 それでも謙虚に身を屈めて他者の心情を配慮する者は、その立場が低ければ低いほど浮力の原理(周囲の人望)で自然に無理なく押し上げられ浮き上がるのである。 謙虚の徳性が良好な人間関係を構築するのであります。 |