026 魂の故郷には心の友が居る

 

人間が魂の原点に立ち帰れば、今までの人生の歪みが明確に見えるようになります。

其れ迄は何処に向かっているのかさえ解らず、目先の迷路を彷徨い歩いていたようだが、真なる目的地が明確になれば、むしろ目先の迷路は新たな経験値を得る為の尊い機会(キッカケ)になるのであります。

同じ迷妄道を歩いて居ても、一方の人は魂の学びになるが、他方の人は目先の迷路に恐れや苦手意識を抱くのである。

人生には目的地が必要不可欠であり、此処までは何とか辿り着きたいと想える目標点を心に抱いているかどうかで、人間としての器量、人徳の深み、心の豊かさが露わとなるのです。

人生の目的地を時折り見失う人は魂の原点回帰を忘れているのであります。

本来は神の子で有りながら、単なる物質文明の土塊(偶然の産物)だと勘違いをして、自ら精神性に蓋をしたのが近代科学の罪過でありました。

誰が人間を五感の本能に閉じ込めたのか…。

何が人間を煩悩の奴隷に仕立て上げたのか…。

人の心を救うべく説かれた宗教や思想哲学ではありましたが、人間の心を最も狂わせて魂の故郷を忘れさせたものも、言わずと知れた宗教や思想哲学でありました。

信仰・思想哲学の自由は個人的自由意思であり、公人としての自由意志ではありません。

公の中では自己を律する場面もあるでしょうし、自分の我儘を後回しにしなければならないシーンも多くなるはずです。

現代人に足りないものは我慢強さであり、人間としての忍耐力や霊耐力であります。

これは一重に神の子の自覚の浅はかさであり、霊性の忘却に他なりません。

人間が神の子であることを受け入れたくない心情は、普段から慣れ親しんだ己心の魔による悪態との馴れ合いであります。

悪しき思いと行為が多くなると、自己自身を憐れな罪人のように心が感じているのです。

ここに肉体人間としての誤解や勘違いが存在しています。

こうしたことは魂の原点に立ち帰れば全ての誤解が氷解する。

悪意に加担して悪業に軍拝を挙げる迷妄から目を覚まさなければならない。

運命の失望や人生の妥協は人間の心を腐らせる精神状態である。

魂の故郷には心が通い合う懐かしい友人知人が暮らしています。

貴方の人生を優しく見守り、貴方の一挙手一投足を我が事のように想い、何時しか訪れるであろう魂の再会を心待ちにしている心の友が居るのであります。

 

 

 

37 霊性開示 【如意宝珠編】