|
028 心根に至れば優しさが蘇る |
|
知性の時代と言われた20世紀の混迷期には、かつて人類が知る由も無かった広範囲の知識を、誰もが短時間で得られる科学力を持つに至りました。 インターネットの普及によって地球の裏側の情報さえ瞬時に得られるようになったのです。 まさに人類は知識集積の時代を築くに至りました。 しかし集積の知識はデーターとしては重宝されましたが、文字通りの知識として浅はかな記憶(詰め込み知識)の集積が目的となってしまいました。 誰よりも多くの知識を得ることに価値を求め、その知識を寸分違わぬ程の正確さで再現することにステイタスを求める風潮さえあります。 こうして頭でっかちな詰め込み型人間が社会の中枢に求められるようになると、記憶力中心の学力社会が出来上がるのです。 文学は表面的解釈しか出来なくなり、文字通りの浅はかな意味合いしか理解出来ない人間同士が揚げ足取りに執することで、物事の本質に至らないまま、誤解や曲解に溢れた混迷社会が主流となるのです。 知性の時代(現代社会)を混沌状態に落とし込んだ最大の理由は文化的素養の欠如であります。 文字通りの表面的解釈だけなら人類は永遠にコンピューターに支配されるでありましょう。 知識の集積やデーターの処理能力ではコンピューターには敵わないはずです。 しかし心ある人間には魂の深まりがある…。 精神の豊かさがある…。 歓喜の高まりがあり、愛の伝播がある…。 人間本来の霊性が開花したなら忘れ去られた魂の記憶が蘇り、転生輪廻を超越した心の傾向性は、形を超えた真実を熱き魂に響かせてくるのです。 想いが心根に至れば創造主の慈悲慈愛に直結して、限りない優しさが蘇り来たるのであります。 学問は知識の集積であるが、学徳は生命を生かし育む浸透得度である。 知識を智恵にまで高める為には具体的な経験値が必要である。 応用が効かない知識は本来ピンポイントでしか通用しないが為に、迷妄人間は揚げ足取りに執して何時迄も物事の本質に辿り着けないのであります。 時代は21世紀を迎えて霊性開示を促している。 時空の彼方から響いてくる新時代の要請が、やがて貴方にも魂の響きとして聴こえてくるでありましょう。 |