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034 中心なき秩序は混沌状態 |
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いま世界は人心が荒廃し、個人的な得手勝手を繰り返して混沌の状態になりつつあります。 民衆政治を維持継続させる為に多数決による採決を民主主義は取り入れています。 残念ながら民主主義は人類最高の制度ではありません。 だからと言って社会主義が人類最高の制度でもありません。 何方にも良し悪しはあり、是非は付き纏う問題です。 多数派に必ず正義がある訳ではなく、少数派に真理が無い訳でもありません。 その政治的選択肢を民主主義(多数決)に委ねるのであるなら、有権者の意識(社会人としての一般常識)が或る一定の水準をクリアーしていることが最低条件であります。 その水準は現在では年齢制限を採用しているが、現行の社会人を見れば誰もが理解出来るが、利害や自己主張ばかりを追求する者が有権者の大多数を占めている現状を見れば、多数決による民主主義が如何に危うい制度であるかが理解出来るはずです。 遠い昔、ギリシャの地に現代のような民衆政治が行なわれた時代がありました。 しかし当時のギリシャ人の中には民主主義に必要なものが人間の徳性であると悟る人が多数存在したのであります。 そのため古代ギリシャの民衆政治は賢人による徳治社会を目指したのです。 人心も若く社会情勢も幼い時代背景では徳治社会は難しい政治形態であったのでしょう。 古代ギリシャの哲人政治は時代の流れと共に愚民政治に流れて行ったのです。 しかし現代は知性も理性も説かれる時代であり、ネットの普及で手軽に情報交流が可能な時代になりました。 人間としての社会生活を大半の人が営み、その傍らで一人の有権者として国策の審査に参加することも出来る有難い時代です。 そうであるにも関わらず人心が乱れ悪策が採用される背景には、かつての古代ギリシャには有ったが現代には皆無の徳性意識が、人間観の中に根付いていないまま無理矢理民主主義を強行していることが、現行社会の大問題点になっているのです。 徳性が何たるかを知らないまま(誰にも教えて貰えないまま)年齢的に社会人として世に出された有権者が大多数を占めて、個人の幸せのみを優先することは当然の権利だと思い込む大多数の人々が選挙に参加すれば、国民審査は利得に敵う大多数意見を採決して、詰まるところ我田引水的政策が悉く決まり、その行く末は国力そのものを衰弱させることになるのであります。 |