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035 進化発展繁栄の真なる姿 |
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人としての成長は何をもって規定するべきでありましょうか…。 自分だけ良ければ何でも良いという考え方では個人主義の極みであります。 それでは比較対象としての相手の存在は単なる踏み台になってしまいます。 個人の成長に於いても共同生活の人間社会であるからこそ、皆が人格的成長を目指すのであります。 此の世の中に自分一人しか人間が居ないのであれば何の為の成長でありましょうか…。 また何の為の努力精進でありましょうか…。 不特定多数の人間が共に生きる中で、様々な能力の差異があるからこそ、今以上の成長を人は臨むのであります。 他者の幸せの手助けをして、その幸せを喜ぶ相手を見て尚更に安堵する自分が喜ばしく想えるのであります。 喜びは寧ろ一人では虚しい気持ちになるはずです。 また愛する人が居るからこそ真なる淋しさを感ずるのです。 一人きりの淋しさは単なる虚しさなのであります。 人の心は人間同士の関わりの中でこそ成長するのであり、その成長が転生輪廻を超えて行くものであるのなら、成長は生々化育を永遠ならしめる魂の生長へと昇華されるのであります。 つまり人間の進化発展は旧態との比較昇華であります。 また真なる繁栄は社会調和の拡大せる姿であります。 利己的意識で繁栄に臨めば権力統治の隷属民衆が増えるだけなのです。 利己的意識の権力者が強権的立場を利用して票集めをすれば、その組織票は利益獲得の道具になるだけであります。 総選挙の組織票に個人の意思による選択の自由が何処まで許されるのか…。 組織の使用人に本当の意味で選択の自由が何処まであるのか…。 現行の選挙制度には国民の代表となる議員選びに、人徳の有る無しは判断材料にされてはいない。 一部の権力者たちの利益獲得そのものが議員選びの選択材料にされているのです。 この事実を隠蔽しながら形だけの成果を声高に唱える政治家には注意が必要であります。 人々の心の声を無視した政策には真なる繁栄は訪れません。 何故なら人間の真心(中心)を無視すれば心の調和など有り得ないからであります。 人間関係の極意は精神的中心帰一にあります。 心と心の結び付きが無ければ永久に信頼関係など築けないのであります。 |