037 物質への中心依存は諸悪

 

地上世界にも仮初めの組織があり中心があります。

しかし正しい秩序と調和が構築されず、人々の心が離れて行くのは何故なのか…。

この答えは単純で、仮初めの組織が中心核とするものは物質としての形態であるからです。

これが宗教であれば偶像崇拝となり、科学であれば物理的力量であり、思想哲学であれば唯物史観であり、会社組織であれば肩書きであり、自我追求に走れば物理的恩賞でもあります。

仮初めの中心核は全て物質文明の副産物であり、途中経過の中間目標として求めるなら有用な道標になりますが、自我に奔走する迷妄者たちは、物質への依存心が深まる毎に、自己自身の精神面が弱くなっていることに気付いていないのです。

暗黒の迷士(悪霊悪魔)は人間の心を物質化させんと目論んでいるのです。

それは物質への中心依存が諸悪に通ずることを彼らは知っているからです。

人間の心が物質化すれば、心で感じ合う精神性が閉ざされ、頭で考える物理性(利潤追求)がメインとなるのです。

従って人は考えを想い(他者配慮)から思い(自己中心)に傾倒して、心の傾向性を物質化に染めるのであります。

物理の世界には物理的形態に込められた目的意識がインプットされています。

このインプットされた情報は人為的に作られた目的意識であり、利潤追求の方向に誘導する情報操作が仕組まれています。

近年ではマインドコントロールの弊害が叫ばれる傍らで、企業の製品をCMなどで繰り返し流して、人間の印象機能に情報を植え込んで購買意欲を沸かせる手法が多く採られているが、これも立派なマインドコントロールであります。

しかも我欲を刺激して自己陶酔へ誘引する手法は継続的に行われ、情報制限を持たないメディアの野望は麻薬よりも厄介な代物となりつつあります。

こうした悪情報のマインドコントロールが青少年の心を歪めさせ、凶悪犯罪や殺人自殺の低年齢化に加担している事実は、利益追従の我欲人間には無視されているのであります。

利益を上げる為に心を捨てる人間が後を絶ちません。

これが物質文明の成れの果てである。

しかも盲目の爆走列車にはブレーキを掛けるという概念が無い。

よくよく探せばブレーキは必ず装備されているが、それを探すことが人間の弱さであるかの如く強情を張るのでしょう。

もともと人間は強さも弱さも持ち合わせているのです。

この強弱両面を認めて使い分ける処に、人間としての徳性が育まれるのであります。

 

 

 

37 霊性開示 【如意宝珠編】