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038 霊性への中心回帰は神性 |
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物質への中心依存が諸悪に繋がると言う事でした。 それでは霊性への中心依存は諸善に繋がるのかと言えば必ずしもそうではありません。 霊性に拘り現象の全てを捨ててしまうのなら、それもまた世捨て人と同じであります。 依存そのものが個性の忘却に繋がる危険があるのです。 そのため霊性への依存も魂の岩戸開きを阻害する要素に成り得るのです。 霊性開示には自主性が必要で、自らの強き意志にて霊性の扉を押し開くべきであります。 つまり霊性開示には中心回帰(実相への里帰り)を果たす必要があると言う事であります。 魂が中心回帰を果たしたなら自ずと現れてくるものが神性(生命の実相)である。 神と等しき性質が現れて来たなら身の回りの様々な障害は自ずから消滅するでしょう。 如意宝珠御霊を魂の原点回帰で輝かせることに成功すれば、神の子には同じ神の子意識を有した方々と自然に巡り会い、その反面は迷妄邪説意識を有する方々とは、波長が異なるため自然に離れて行くのです。 如意宝珠御霊の神力は絶大で、神性が現れた魂には悪意が近寄る事すら出来ないのであります。 仏説によれば悟りを開いた釈迦牟尼仏に悪魔波旬が毒矢を放ったが、毒矢は釈尊に近付くにつれて可憐な花に姿を変え、釈尊の周囲を美しく飾ったのであります。 悪人から悪意を込めた暴言を投げ掛けられたとしても、如意宝珠御霊は暴言の意味内容を善意に変えて、多くの教訓と多大な同情となって神の子を護るのであります。 更に悪意は世界中を電波の如く駆け回り、やがて其の悪意を放った本人に戻って行きます。 悪意は其の悪意の意味内容と最も波長が合う所に赴くのです。 そうして最も波長が合う所が、其の悪意を放った本人であります。 しかも世界中を駆け回りながら同じ悪念を拾い集めて悪意の質が更に酷くなって帰って行きます。 こうした系図が自業自得縁廻の詳細であり、悪意悪念を抱く者が幸せに成り難い理由を物語っています。 愚痴不平不満が多い人は注意が必要である。 相手の立場や気持ちを配慮せず、言いたい放題したい放題している人は今一度、暫し立ち止まって反省回顧を繰り返して致だきたい。 それが神の子の自覚を取り戻す為の唯一の道(方法)であります。 |