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043 満ち潮が語る慈悲慈愛の聖母心 |
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引き潮の原理は我欲執着を断つための真理を物語っていました。 波長を変える為には日々の習慣を変えると言うことでした。 それでは満ち潮の原理は如何なる真理を物語っているのか…。 これは正しい想いの増幅であります。 心の浄化を進めると魂が清らかになるのですが、それだけの人生では清掃員の人生であります。 心の浄化を必要とする理由は、悪しき習慣を改めて良き習慣を積み重ねる為の反省回顧なのです。 ピカピカになった心に愛の想いを注いで行く…。 これが神の子の本来の姿であります。 愛の想いを心の中に注いで溢れんばかりの善意で人に臨めば、愛は愛を呼び善は善を引き寄せ、自ずと天国浄土が現れてくるのであります。 もともと神の子は実相世界から降り注ぐ霊太陽の光明(慈悲慈愛)に生かされ満たされ導かれている存在である。 つまり創造主の想い(慈悲慈愛)が間断なく降り注ぐ世界に生きているのです。 しかし同じ時空間に居ても心の持ちよう一つで、慈悲慈愛に波長が合う者と我欲執着に波長が合う者では、運命の方向性が全く異なってくるのです。 不足の原理は容れ物が空虚であるから中に多くのものが入り込むことを期待するが、不足の念は同じ不足の念を呼び込み引き寄せ、満足の念を磁石の反発力のように排斥するのであります。 本来は誰にでも平等に降り注ぐ慈悲慈愛の想いが、満足の念(満ち足りた心)は波長が合うため自ずと集まってくるが、不足の念(満たされず足りない心)は波長が合わないため、自らの周囲に慈悲慈愛の想いが溢れていても気付くことさえ出来ないのであります。 本来の世界観は実相世界から降り注がれた創造主の光明(慈悲慈愛)が至る所に充ち満ちているのです。 常に光明に包まれ守られ導かれているのです。 その慈悲慈愛の想いは聖母心となって、総ての生命を生かし育む大いなる愛として、常に寄り添い抱かれているのが真実の世界観であります。 不足の思いは自我の自由意思ではありますが、自らの意思で創造主の聖母心を拒否している事実は、そのまま自業自得縁廻を自ら演じているのであります。 自由意思を自己都合の良いようにだけ扱うことは出来ないのです。 魂の性質は心の傾向性が方向性を決めるのであり、不足の心は不足の現状を呼び込み引き寄せるのみであります。 不運を嘆く前に一念発起して不足の念を改めることから始めるべきである。 満足の念(満ち足りた心)を取り戻すコツは、全ての人に物に事に無条件で感謝をすることです。 感謝の想いは全てを善意として受け取る心であり、慈悲慈愛の想いと最も波長の合う心持ちであります。 |