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044 白波が形作る波打ち際の美しさ |
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砂浜に寄せては返す波模様。 幾重に連なる白波の美しさは、悠久の時を超えて遠い未来にまで届くでしょう。 波打ち際に打ち寄せては返す波の協奏曲は、心の岸辺にまで寄せ引きを繰り返すのです。 寄せる波だけでは白波は立たないのであり、引く波もあってこそ白波は起きるのです。 勢いだけでは何れ力も尽きるでありましょう。 時には立ち止まり心を顧みるからこそ、人間としての美しい人格が育まれるのです。 こうした寄せ引きが自然に行える人格が徳性を高めるのです。 自然界の美しさは其のままの心であります。 自然というものは光明そのままの展開であります。 そのように…と言われる『そ』とは自然の『然』である。 さにあらず…と言われる『さ』も自然の『然』であります。 静かに寄せる波も、強く波立つ力も、キラキラ光る海原も、すべて続けることが大切であると、常に生きることが大切であると、そのままの心が美しさであると…。 生命の流れに本来は付着物は必要がなく、光は光るべくして光り、水は流るべくして流れ、時は過ぎゆき明日を迎えるのであります。 当たり前のことを当たり前に行なうことか、本来の自分(生命)を其のまま輝かすことになる…。 高望みして精一杯に背伸びばかりをするのではなく、高く飛び立つ為にも一旦は小さく身を屈めて力を蓄え、高く跳躍する最良の時を待つことも大切であります。 また慎重になって待ち過ぎることも自然ではなく、適材適所で臨機応変に身の振り方を弁える(運命を受け止める)潔さも自然美(人格の香り高さ)であります。 心配事が多いと安心を金銭で購入する人間も現れてまいります。 本当は余分な付着物を取り去ることで魂は解放され、生命の実相が無尽蔵に湧き出して来るのです。 自らの神性を信ずる力が弱いが為に、物質文明の付着物に依存するのである。 人間は太古の純粋な精神を取り戻し、本来の魂の純粋個性に立ち帰るべきであります。 自然界の果てしない動向(繰り返し)が、魂の本来の在り方を教えているのです。 白波が形作る波打ち際の美しさは、普段の小さな営みを淡々と繰り返すことの大切さを、そのままの心で伝え続けているのであります。 |