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046 人間関係を深める引き際の美徳 |
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個性化が進んだ現代社会は、個別意識が高まる毎に、人間相互の摩擦や葛藤が増えてまいりました。 他者の意見を聞かない(聞こうともしない)自己主張は、弱者の心の中にまで平気で土足のまま入り込んでいます。 そのため傷付いた心の悩みを抱えたまま人間不信に陥る人が増えたのも事実であります。 現代病の代表格は躁鬱症状でありますが、その根本原因は社会に自我我欲者が量産されたことで人間不信となった鬱病患者や、他者の気持ちを配慮することが出来ない(配慮しようとしない)我欲者の暴走の果てに精神が麻痺した躁病患者などが、何ら根本治療をされないまま同じ社会に共存している事実が上げられます。 鬱病は圧迫感情に苛まれて辛く苦しい精神状態にあります。 個人的に鬱病状態を癒すことは幾つかの対策を同時進行で行なうことで快癒に向かうでしょう。 しかし厄介なものは躁病状態にある者で、自我我欲のまま社会の中で横暴を極める躁病者の振る舞いが社会を混乱させている事実を、躁病者自身が気付いていないのが現状であります。 こうした躁病者たちは鬱病患者のような病気認定が無いまま、組織の中枢に居てパワハラやセクハラを平気で行っている。 また躁病者たちは利己的思考のままマスコミなどの情報機関の最前線で、利得のままの迷妄報道を展開して社会を混乱させている。 更に躁病者たちはインターネットの裏側に隠れて悪意悪念を拡散して大衆意識を大混乱に陥れているのです。 鬱病患者は殻に込もった内向的意識であるため、努力すれば比較的快癒は早いのですが、躁病者は自己中心性が強いが為に、自我我欲の殻に込もったまま外向的意識を強めることで、盲目的暴走が多くなるのであります。 こうした状況を反省回顧しながら心の軌道修正を行なうことが、正常な人間感覚でなければならないのです。 つまり自己反省が出来ない人間は既に迷妄意識の精神病に侵されつつある人である。 人間関係に最も必要な要素はお互いの距離間であります。 徳性の足りない人間は自己自身の感覚感情に振り回されて、人間関係に心の距離間が保てない状態になっています。 相手の気持ちを配慮する徳者は喜怒哀楽に溺れることなく、程々のタイミングで自分の心を自戒しながら引き際を見極めるのです。 良好な人間関係を深める人は、引き際にも人格者としての美徳を感じられるのであります。 |