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055 高邁な理想の元に意識集中 |
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個性化が進んだ現代は、突出した才能を発揮する天才が活躍する時代であります。 しかしその才能を自己拡張のみに発揮するなら、何時かは何処かに衝突する隕石と同じであります。 姿形の特異性を競い、質量の大きさを競い、空間を移動する速さを競い、相対的に抜きん出るだけでは隕石の末路は莫大な破壊力を誇示するしか道がなくなるのです。 個別意識のまま自己誇示に走れば他者の心が見えなくなるばかりか自らの心さえ見えなくなる…。 そこに協調という魂の結び付きは疎遠になるばかりであります。 他人の気持ちを推し量るには其れ相当の積み重ねが必要である。 つまり他者配慮には経験値に於ける実力の差が出るのです。 自分の気持ちばかりを優先(自己中心)にして生きて来た者と、他者の気持ちを察しながら相互関係に心を尽くして来た者とでは、他者配慮に於ける思慮深さや手を差し伸べる自然な振る舞いなどに、大きな違いが出ることは想像に難くない現実であります。 目先の評価では分別が付かない両者であっても、長い人生航路では人格形成の組積として人間関係に後々は人徳として、明らかな違いが現れてくるのであります。 個人技だけでは何処まで突出しても渦潮(時代の興隆)は起きては来ないのです。 そこに数多の意識が集中合流して始めて運命の潮流が渦を巻き始めるのです。 多くの意識を集める為には高邁な理想が必要不可欠であります。 多岐に渡る突出した才能が同じ一つの理想に向き合う為には、夫々の才能を開花するに等しい信頼関係が中心核に存在するべきであります。 自分勝手な生き方を望むなら自ら野に下れば良いのです。 しかし魂の奥底に煌く光明の疼き(救世の使命役割)が僅かにでも観じられるのであるのなら、貴方も光明の渦潮の中に身(精神)を投じて致だきたい。 高貴な天才は同じく高貴な天才を知るのであります。 時流を読み解く力がありながら自力吹聴に走った自力天狗は孤高の仙人になりました。 貴方は孤高の仙人を目指すのであろうか…。 溢れんばかりの才能を内に秘めながら時代の荒波の中に自ら身を投ずる大聖人たちは、孤高の仙人への個別道を選ばず、根底から時代を底上げする為に、自らの才能を時代(全体意識)に提供する融和道を選んだのであります。 |